超主人公

真和里

第0章

私、ハナはこの物語のヒロイン。そして彼、リョウ君は同じくこの物語のヒーロー。でも私達はただの主人公じゃない。スーパーヒーローなのだ。スーパーヒーローっていってもアメコミのように特殊な力を持っているだとか、大悪党から世界を救うだとかそういうことはしない。

じゃあなんでヒーロかって?

それは私達以外にこの物語の主人公に適役がいる?答えはノー。

だから私達はこの物語超主人公スーパーヒーロー』なのだ。

さぁ今日も物語のページをめくりましょう。


この日はいつもと変わらない一日だった。いつもの時間に起きて、いつもの時間に家を出て学校に行って、いつものように適当に授業を受けて、あとはHRホームルームが終われば帰れる。私は帰宅部だから、解放され次第、素早く学校を去ることが仕事だ。とにかく早く帰りたかった。

「最近校内が荒れている。制服を着崩したり廊下を走ったり、喧嘩なんかも相次いでいる」

帰りのHR時に担任が言った。担任が話しているというのに相変わらずザワザワとうるさい教室。

「おい、聞いてるのか」

先生がそんな声をかけようと教室は静かにならない。クラス替えからもう半年が過ぎたが、ずっとこの調子だ。完全に生徒からなめられた先生、こんな偏差値の低い田舎の不良高校の生徒なんてもう諦めればいいのに謎に正義感が強いからまだ望みがあると思って叱ろうとするけど、それは逆効果。早く気づけばいいのに、そして私を早く帰してほしい。

ただ高3にもなって、こんなに落ち着きのないクラスは大丈夫なのだろかと他人のように教室を眺めていた。明らかに大丈夫じゃないな。

大きな欠伸を一つする。最近はツマラナイ。

「今日はもう終わりにする。帰っていいぞ」

先生が諦めたようで、HRが終わった。私は部活内容に従って、すぐに教室から出ていく。階段を駆け下りて昇降口に向かう。

他クラスも同じタイミングでHRが終わったようで、昇降口には数人のよく見る生徒たちがいた。私と同じく帰宅に命を懸けているのかと言わんばかりの生徒たち。話したことはないけれど互いに認識していた。同じような思考を持っている人たちだと決めつけて、私は勝手に彼らを仲間認定していた。

仲間とともに門に急ぐ。この門をくぐり抜ければ、もう学校に縛られなくてよくなる。そんな高揚感を感じつつ、門を走り抜けた。

はぁ、はぁと肩で息をする。運動が得意というわけではないけれど、この放課後ダッシュはやめられない。私の日課だ。

さて、学校を出れたのであとは歩いて帰る。乱れた息を整えながらいつもの道を歩く。進むにつれて足が重くなる。さっきのダッシュの反動もあるかもしれないけれど、主に精神的にだ。

私は学校にいるのも嫌だけど家にいるのもイヤだ。別に家族と仲が悪いわけじゃない。むしろ女子高生と親という関係の中ではそれなりに良好であると思う。だからこそ家にいたくない。

今日はいつもよりその気持ちが強かった。いつもより家にいたくない。帰りたくない。一人でいたい。

そんなことを考えていれば自然と足は家から遠ざかっていくわけで、気づいた時にはすでに町はずれまで来ていた。完全に迷子だった。

スマホの地図機能を使えば帰れる——スマホをスクールバックのポケットの奥から探り出して電源を入れる——あれ、な、なんでつかないの?——充電し忘れバッテリーゼロ、おまけに充電器も持っていない。

仕方がないと来た道を帰ろうと思うがすでに来た道がわからない。自分が方向音痴なことを思い出した。

はぁとため息を一つ。とりあえず歩みを進める。たとえ迷子だろうが当初の目的は達成できたし進めば何とかなるでしょ、といつもの楽観主義も手伝って私は知らない場所をさらに先へと進んだ。

それから小一時間。ずっと歩いてみたがさらに奥に進んでいるようで周りの景色もだいぶ変わってきた。信号の数が減り、横を通る車の数が減り、店の数が減り、人の数も減った。太陽は西に傾きあと一時間もすれば海に沈むだろう。

林の中に家を見つける、家と言っても小屋のように小さく窓からは明かりはなく誰かがいる気配もない。パッと見ボロボロなその建物は、なぜか私には魅力的に感じて歩みをそちらに向ける。

ちゃんとした表札はなくさっき見えた窓から中を覗いてみるが木造の一室には正方形のテーブルと横に倒れた一脚の椅子。そして散らかされた紙と本。

玄関に回り扉に手をかける。ギィイイイイ。

鍵はかかっていなかったようで錆びた蝶番が音を立たせながら扉が開いた。大きな深呼吸を一回行って中に足を踏み入れた。

そこにはさっき見たものと同じ光景が広がっていた。六畳ほどの一室に広がるのは木目の目立つ床板と壁。上は吹き抜けのようになっていてちゃんとした天井があるわけではなく梁が見えた。

一面の壁は本棚になっているが本は不規則にまばらに置かれとても整っているとは言えなかった。でも大小、日本語に英語、韓国語にドイツ語など色々な物があり興味を惹かれた。本棚に手を伸ばし適当に本を開く。取り出したのはよくわからない外国語で書かれた本で内容は全く理解できなかったけど、なぜだかさらに興奮して本をとっては広げて取っては広げてを繰り返した。今度は床に落ちていた本も気になった。ついでだから本棚に戻してあげようと一冊一冊拾い上げては体の前に積んでいく。いっぱいの本を積み上げ視界も遮られ、腕も痛くなってきたころ、油断をしていた。まだ床に落ちていた本に足を引っかけせっかく積み上げていた本を落としてしまった。

「イッタ」

少しキレ気味に本を睨みつけたが直ぐに怒りの感情はなくなる。それはこの部屋で見た中で一番大きくて分厚くて高級感あふれるものだった。濃いあかの表紙には金色の文字があったが半分以上が掠れてとても読めたものではなかった。

本を開く。それは今までで一番すごいものだった。ページをめくれば全く知らない文字が浮かび上がっている。昔の日本語、英語、韓国語、歴史の教科書に載っていた象形文字らしきものまでもがあった。

私は何も書かれていないページに手を触れる。黄ばんだ紙はザラザラしていて、触っていて面白かった、とその瞬間すべての感覚が消えた。目の前の本も周りも消えて、謎の空間に落ちていく。まるでアリスが白ウサギを追いかけて穴に落ちていったときみたいだと思った。私もどこか不可思議な世界に行けるのではないか、そんな期待を胸に瞼を閉じた。きっと次瞼を開いた時には新しい世界が私を待っている。


この出来事が1か月前。私はあの日を忘れることができない。間違いなく平凡な私の人生を色鮮やかなものにしたターニングポイントだ。

私はあの日、本に吸い込まれて異世界に飛ばされた。ここが私を待っていた私だけの世界だと探索していたらすでに先着がいて、少しガッカリしたのを覚えている。けれど、そこは私の望んでいた世界だった。私が望めばなんでも出てくる、なんにでもなれる。まるで魔法の世界だ。

あの日から学校がそれほど憂鬱じゃなくなった。放課後に楽しみがあると考えていたら、それだけに頭が支配されて授業はいつの間にか終わっている。無理に家に帰らなくていいと思ったら家が嫌いじゃなくなった。家族といるのも前より気まずく感じなくなった。すべてがいい方向に進んでいるのを体感していた。

私は本の世界に魅了され、取りつかれ、週3であの林の中の小屋に行くようになった。今も向かっている最中だ。

ギィイイイイ。相変わらず錆びた扉は音が鳴った。小屋の中には先着がいた。

「ハナさん!」

元気な声が私を迎え入れた。

「今日も早いね、リョウ君」

先着は私よりも少し背の高い男の子。学年は1個下で、近くの進学校に通っている。私とは住む世界が違うが、私のことを慕ってくれるかわいい男の子だ。

ちゃんとした部活動に入っていたらこんな感じの後輩がたくさんいるのだろうか。まぁ中高ともに帰宅部の私にはわからないことだ。

リョウ君は私が最初に本の世界に入ったときに先着でいた人だ。初めて会ったときの、なぜ?という疑問を言葉を発さずとも伝わってきたリョウ君のあの顔は忘れられない。今でも思い出して笑ってしまう。

「今日はどこに行きますか?」

「私海に行きたい!」

「じゃあ海に行って、海賊と戦うなんてどうですか?」

「いいね、海賊から財宝を勝ち取ろう」

リョウ君は濃い紅の分厚い本を持ってきた。前半には象形文字から、昔の日本語、英語、韓国語と多言語の文が書き記されている。間違いなく私が躓いて、ページを触ったら異世界に私を吸い込んだあの本だ。

リョウ君は本をめくり続けて、何も書かれていないページで手を止めた。

「ハナさん、行きましょう!」

私は大きく首を縦に振る。

二人で本に触れると、あの不思議な感覚になる。今触れていた本がなくなって、周りの小屋も消えて、ただただ落ちていく。長い穴の先は私たちがさっき望んだ通り、海が広がっていて、そこには大きな海賊船に乗った海賊がいて、私たちは彼らと戦って財宝を手にするのだ。先に広がる世界を知っているからワクワクが止められない。

私はこの世界が好きだ。リョウ君と一緒に数多くの冒険をした。世界一周に宇宙旅行、海底探査、スイーツの大食い対決をしたり象に乗ったり、思いつく限りのものは何でもだ。

私たちはこの世界でのヒーローだ。なんでもできる、なんにでもなれる。

私たちの物語はこの本に刻まれていく。私たちはそれを読んで冒険を思い出して、笑いあって、また新しい世界に飛んでいく。私たちにとってこの本はワープゲートであり、アルバムであり、私とリョウ君を繋げる大事な宝物だ。


そう、この本は私たちにとって大事なのもだった。宝物だった。

この世界に入り浸っている間は幸せだった。学校のことも家のことも、進路のことも考えなくてよかったから。ただリョウ君としたいことをやりたいだけやった。

いつしかこの幸せが当たり前になっていった。

だから考えもしなかったんだ。私たちの宝物が消えてしまうことなんて。


今日は雲が分厚くて太陽は出てこなかった。夜に雨の予報があったからそれまでに家に帰っていればいいかと楽観的に考えていた。

今日も放課後は小屋に集まろうとリョウ君と約束していて、小屋に入るといつものようにリョウ君が元気に迎え入れてくれた。

「今日はどこに行きますか?」

いつものようにこれから行く世界を決める。今回はリョウ君の希望で戦国時代の日本で武将達と戦いに行くことになった。

行く先が決まれば後は本に触れるだけだ。リョウ君が濃い紅の本を持ってきて、めくり始める。

私はリョウ君が手を止めるのを待つ、しかし以降に彼の手は止まらなかった。ニコニコしていたリョウ君の顔から笑みがなくなっていく。終いには彼の顔は青ざめていた。

「ハナさん、これ、、、」

リョウ君の声は震えていた。

私は不審に思いリョウ君から紅の暑い本を受け取り、開いた。分厚くて重くて、古いからページは黄色みがかっていてところどころシミがあるところもいつもと同じだった。

しかし、話が綴られているはずの本の全てのページが白紙だった。

—―え、どういうこと。昨日までの私達の物語はどこ?

どんなに本をめくっても、私たちの物語が書かれた日本語の文だけでなく、象形文字に英語、その他数多くの言葉で綴られた文すらなくなっていた。

二人して戸惑っていると、何もなかったはずのページの間から金色の文字が目の前に浮かび上がった。

【昔々、豊かな緑と青い海に囲まれた素敵な国がありました。しかし、数年前から魔王が世界を支配しだし、年々増していく威力はこの国周辺にまで影響が現れました。を奪ったのも魔王の仕業です。国の人々は魔王に怯えながら生活しています。あなた達は勇者となり、この世界を救ってください】

わけがわからなかった。何かのゲームの設定か、それともラノベの設定か。?の数が頭の中に増えていく。隣を見るとリョウ君も同じように困惑の表情を浮かべていた。

さっきの文字の下に、これまた金色の枠の中に文字が浮き上がっていた。

【この物語を始めますか? Yes No】

まるでゲームのようだと思った。

私達は目配せだけして一緒にYESの方に手を伸ばした。今考えたらこの時によく話し合って決めるべきだったのかもしれない。それでも私達は何も考えず行動するほどにが大切だったと感じるのだ。

物体はないはずなのに何かに触れた感触が指先に伝わる。その一秒後、何かに前進を引っ張られることを体感する。いつものように本に吸い込まれていくのとはどこか違う感覚。一切ワクワクする感情は湧いてこなかった。ただ私たちの宝物を取り戻したい、それだけに頭を支配された。

ブツリ。古いテレビの電源が強制的に落とされたような音を最後に意識が途切れた。

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超主人公 真和里 @Mawari-Hinata

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