枯れ専メイドの愛が試される

 母は、納得していない様子だった。


「御冗談を。失礼ですが、第一あなたはもうかなりのご高齢ざましょ?」

「それがなんだというのです? ボクは初婚です」


 強気な態度で、男爵は言い返す。


「これまで、ボクは操を守ってきました。とあるメイドに恋い焦がれ、いつか彼女に認めてもらえるような、立派な男になろうと。しかし、そのメイドと出会えぬまま、こんな歳にまでなってしまいました。その人が、目の前にいるのです」


 男爵が、ミレイアに視線を向けた。


 それだけで、心臓を射抜かれそうになる。


 これまでの、よそよそしい態度ではない。明らかな愛を感じた。



 しかし、理解できない人物がただ一人。



「あ、あの。おっしゃっている意味が……」


 困惑する母親への解説役は、シオン博士が引き受けた。


「まあまあ、聞いてくださいな」




 話せば長くなるというので、屋敷に戻ることに。


 ミレイアの横に座ることを、男爵は頑として譲らない。


 こんな強い圧で迎えられたことがないので、ミレイアのほうが気恥ずかしくなる。


「……なるほど。だいたいは把握したざます」

「では」

「そうは申し上げても、ミレイアの本心がわからないざます」


 母から、意外な物言いがつく。


「ミレイア、あなたは男爵様がワイルドなダンディだから、おつきあいしたのざますか? それとも男爵だからざますか?」


 ミレイアの枯れ専好きには、母も苦しめられていた。それ故に、信用できないのだろう。


「も、もちろん、男爵だからですわ!」

「では、証明するざます」


 どうやら、ミレイアの「枯れ専」具合を確かめようとしているらしい。


「ミレイア、あなたのそばには、ニコ様と男爵様がいるざます。ニコ様のほうが、おそらく一緒にいる時間は長いでしょう。しかし、男爵とともに歩むならば、すぐにお別れが来てしまうざます。わたくしは、あなたが辛い思いをなさるかどうか、それが心配なのざます」


 そんなこと、ミレイアだって感じなかったわけじゃなかった。


 たしかに、ミレイアは魔女だ。寿命は長いだろう。


 一方で、男爵の限界は近いかも知れない。長い戦いの中で、寿命が縮んでいる可能性もある。


「それでも、わたくしは男爵をお慕い申し上げます」

「いいのざますね、ミレイア?」


 ミレイアの決心は、変わらない。


「わたくしは、男爵の魂まですべて愛しておりますわ。たとえともに過ごす期間が短くても、幸せな毎日だったと思えるよう、一日一日を大事に過ごそうと思っていますわ」


 母は黙って、聞いている。


「お母様、わたくしは帰りません。ニコぼっちゃまと、お見合いもしません。どうか、男爵と結ばれることをお許しください」


 テーブルに手をつき、ミレイアは母に許しを請う。

 一つため息をついたあと、母は続けた。




「ダメざます」



「お母様!」


 これだけ言っても、ダメなのか。


「一度、お帰りなさいざます。男爵を連れて」

「……え?」



「だって、お父上に男爵を紹介しなければいけないざましょう?」



「と、いうことは?」

「もう、認めるしかないざましょ?」


 ココに来て、初めて母が微笑んだ。


「やったねママ!」


 アメスが、ミレイアの首に抱きつく。


「イヒヒ、世紀の瞬間に立ち会えた、でヤン、ス」


 あのピィが、珍しく涙ぐんでいる。


「あなた、泣いていますの?」

「イヒヒ。そりゃあ、ご主人、の初婚でヤン、スからね。うれしいのなんのってイヒヒィ」


 鼻をかみつつ、ピィが目をハンカチで拭く。


「まったく、呆れたヤロウだぜテメエは」


 憮然とした態度で、クーゴンが鼻を鳴らす。


「ようやく、ゴリラの鼻を明かしてやりましたわ」

「ハン。オレの役目も終わりだな」

「どういうことでしょう?」

「故郷のドラゴン集落へ、ちょっくら顔を出しに行ってくらぁ」


 クーゴンは、故郷へ一旦帰るという。


「新婚家庭に、オレみてえなヤツは邪魔だろう? それに、ミレイアの下働きなんざ、まっぴらごめんだよ」


 今後はミレイアが、ずっと男爵の世話をする。自分はお役御免だというわけだ。


「じゃあな。楽しかったぜボス」


 最後だからか、クーゴンは男爵に敬語を使わない。


「クーゴン! ボクはキミをずっと友達だと思っている!」

「ありがとうよ」


 クーゴンは立ち上がり、部屋を出ようとした。


「ミレイア!」


 振り返りざま、クーゴンに声をかけられる。


「なんでしょう?」

「チッ……おめでとうさん」


 舌打ちしつつも、クーゴンは祝福の言葉をくれた。


「あ、ええ。ありがとう、ございます」


 まさか祝ってもらえるなんて思っていなかったので、ミレイアは反応に困る。



 ミレイアの横で、エリザ姫がソワソワしていた。


「姫様」

「な、なによコイヴマキ卿?」

「こういうときは、素直になられたほうがよろしいかと」

「あ、あんたに言われなくたって! ま、待ちなさいよ、クーゴンさん!」


 エリザ姫も立ち上がり、クーゴンの後を追った。


「王位継承で、揉めそうですわね?」

「まあ、そこはわたしがなんとかしますよ」


 イルマが、腕をまくる。


「では、わたくしは帰るざます。結婚式の準備をいたしますので」

「はい。お気をつけて」

「お見送りは結構。では男爵、故郷でお待ちしているざます」


 ミレイアの母が、帰っていった。

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