ミレイア、最後の戦い?

 母はミレイアにそっくりで、ミレイアも年を取れば、こういう顔になるだろう。

 ミレイアにとっては、不本意極まりないことなのだが。


「エルヴィシウス夫人、ご無沙汰しております」


 男爵が、母に腰を折る。


「ご丁寧にコイヴマキ卿。今までミレイアの世話をしてくださって、感謝するざます。ご面倒をかけましたざます」

「面倒をかけたのは、こちらです。ミレイアお嬢さんは、よくしてくれました」

「聞けば、娘はメイドの真似事までやっていたと聞いたざます」

「真似事ではありません。彼女はボクのために、死力を尽くしてくださいましたよ」


 母は男爵に一礼した。


「ですが、少々娘とお話させていただきたいざまず。どうか、無礼をお許しくださいざます」

「ええ、どうぞ。積もる話もありましょうから」


 男爵は、引き下がる。


「お母様、どうしてここが?」

「あなたが殺してでも死なないのは、母が一番知っているざます。あなたを探して、ほうぼう訪ねてまいりましたざます。それも今日で終わりざます」


 ということは、この魔物だらけの世界を渡ってきたと?

 取り巻きも引き連れずに?


「魔物に襲われたりは? ここは現世と隔離されて、魔物を呼び寄せるという制約があるというのに」

「そんな魔物など、どこにおりましたざますか?」

「お一人で?」

「私用ですから」


 やはり、彼女は自分の母親だ。

 世界が闇に包まれていようと、拳だけで乗り切ってしまう。


「父の言いつけですか?」

「いいえ。父は若気の至りだろうと、あなたの行為を気に留めておりませんでしたざます」


 アメスが、クーゴンの袖を引っ張る。


「ねえねえクーゴンさん、あたし、『ざます』って口調で話す人って始めてみたかも」

「ああ。化石みたいなヤロウだな。強いのは認めるが」


 人懐っこいアメスから見ても、母はあまり印象がよくないらしい。

 クーゴンも、同意とも取れる意見が。


「ピィ。いま来たんだけど、事情を教えて。三行で」


 シオン博士が、ボロ車に乗ってやってきた。ピィに現状を尋ねる。


「イヒヒ。世界は救われたでヤンス。トゥーリの旦那がミレイアお嬢といい感じになったでヤンス。しかしお嬢のおっかさんが言いがかりをつけに来たんでヤンスよ。イヒヒ。面白くなってきたでヤンス」


 ピィが、簡潔に状況を説明した。

「把握」と、シオン博士も理解したらしい。


「わたくしは、帰りませんわ」


 ミレイアが、母に背を向ける。


「ニコ様と結婚なさいざます、ミレイア。それが、あなたのためざます」

「それは、国のためでしょう!? そこにわたくしの意思はない」

「あなたの感情など、関係ないざます。これは世界の意思ざます。ダダをこねないで一緒になりなさいざます」


 なぜこうも、母は機械的に何事も処理しようとするのか……。


「あなたは、よく知りもしなかった父と結ばれて、幸せだったのですか?」

「幸せに決まっているざます。あなたが生まれましたざますから」


 初めて、母が人間らしい言葉を口にした。


「お母様……」


 それでも、自分は自由を手にしたい。


 親がキライなわけじゃなかった。

 古い習慣、風習がキライなだけだ。

 母は、その古くさい伝統を何よりも重んじ、大事であるとずっと説いてきた。

 ミレイアにとって、それは苦痛でしかない。


 男爵と一緒になれないならば……。


 拳を握りしめて、ミレイアが母と向き合う。


「どうしても帰らないと言ったら?」

「力づくでも」


 母も聖女の家系だ。やる気である。


「ちょっと、どうしようクーゴンさん! 親子どうしで戦うつもりだよ! 二人を止めてよ!」


 アメスが、クーゴンをけしかけようとした。


「こうなっちまった以上、思う存分やり合うしかねえ。オレたちドラゴン族だって、そうだった。結局は、気が済むまでぶつかるしかねえのさ!」


 クーゴンは、妹と衝突した過去がある。

 ミレイアが介入して事なきを得たが、そうでなかったら、集落を滅ぼすほどには激突していたかもしれない。


「あのオバサン、やな感じね。あいつには悪いけれど」

「言っていることがなまじ正論なだけに、決してそれが幸せにするとは限らないと思い知らされますねぇ」


 エリザ姫とイルマが、母の印象を語った。



「いつ以来でしょうか、あなたと戦うのは?」

「しょっちゅうだったざます」


 ミレイアと、母の視線がぶつかり合う。

 たしかに、母とはケンカばかりしていた記憶しかない。

 当時は、これも修行の一環と捉えていた。

 今思うと、拳は自分たちなりのコミュニケーションツールだったのだろう。


「あなたも父と同じ脳筋の血が流れているざましょ? なんでも力で解決できなさると思っているざます」


 母だって、結局は脳筋ではないか。

 お互い、どうしようもなく不器用で。

 だから不器用なりに、答えを出す。


「今こそ、天の摂理が筋肉を超えるとお教えして差し上げるざます」

「やれるものなら!」



 両者が拳を振り上げた、その時だった。



「待っていただきたい」


 母とミレイアの間に、男爵が割って入った。


「コイヴマキ男爵。すぐにこの出来損ないを連れて帰りますので」


 男爵は、首を振る。

 

「結構です。ボクは彼女と結婚します」

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