最後の抹殺《オ・シ・オ・キ》
男爵の持つ刀が、ミレイアから渡したものだったとは。ミレイアが夢を操作する魔族に意識を乗っ取られたアジダハーカと戦ったとき、男爵がくれたもの。そのレプリカである。
まさか、同じ刀だったとは。
これはもう、運命としか言いようがない! やはり自分は、男爵と魂のレベルで繋がっているのだ! こんなにうれしいことはない!
「んだてめえ、忌まわしき勇者! アーリマン復活を阻止するのかよ!?」
顔から倒れたJが、起き上がる。
「当たり前だ。貴様らの気まぐれで、世界を滅ぼさせるわけにはいかん!」
ワナワナと顔を歪ませて、Jが立ち上がった。
「だったら、テメエから殺してやるよ!」
チェーンソーのエンジンが、再びうめき声を上げる。
「やべえ、逃げろボス!」
クーゴンが、Jの腕に飛びかかった。炎のブレスを吐く。
「ちぇえい! 熱っちいなクソが!」
手で払っただけで、クーゴンが吹っ飛ぶ。
「……ヤロウ!」
「死ねえええっ!」
再び、チェーンソーが降下してきた。まるで天まで届く塔が倒れてきたような光景だ。
しかし、ミレイアのムチがチェーンソーを完全に止める。
「うーん。やはり、自分の領域の外では弱体化する、というのは本当だったようですわね?」
ムチを締め上げて、ミレイアはチェーンソーを砕く。
「えらく縮みましたわね、魔王アーリマン」
ミレイアが体内で散々暴れたから、肉体が弱ったのだろう。
「クソメイド! またテメエが邪魔するのか!?」
Jが、使い物にならなくなったチェーンソーを捨てた。
「男爵の命は、わたくしの命でございます。それを脅かすものはすべて、排除いたしますわ」
「あークソが! せっかくアーリマンと融合して、弱点を克服したというのに! またこのアマに手間取らされるなんて!」
「
ミレイアが、三角木馬を召喚した。ムチでJの身体を縛り上げ、角張ったシートに座らせる。
「ぎゃあああああ!」
ムチで木馬と固定されて、Jが悲鳴を上げた。
ミレイアが、Jをさらに締め上げる。
「ああああああ! アジダハーカ! テメエにこれほどの力があるとは!」
『我の力やあらへん。これは、この聖女の力や!』
「聖女……そうか! こいつの方だったのか!」
男爵の妹は、聖女ではなかった。聖女は、ミレイアだったのである。
おそらく、男爵の妹こそ勇者だったのだ。男爵は、トゥーリは巻き込まれただけ。
ひ弱だった男爵を、ミレイアが勇者の領域にまで育ててしまったのだ。聖女の力を使って。
「歴史が変わらねえわけだ! どうあがいても、聖女を弱らせても! 人選自体が、間違っていたとはぁ!」
不幸なのは、その人違いで被害を被った男爵の妹君だ。
彼女を死に追いやったのは魔女アジダハーカだろうが、その根本は支配者であるJだ。
魔女は改心したが、Jにその気配はない。彼女は抹殺すべきだろう。
「だが、あたしらは必ず、テメエらを殺す! どれだけ時が経っても、必ず復活してやるからな!」
「もうあなたに明日は、おとずれません」
ミレイアが、ピンと張ったムチを指で弾く。
三角木馬が、Jの身体を両断した。
「にぎゃああああああ!」
天を仰ぎ、断末魔の叫びを漏らしながら、Jは肉片と変わり果てる。
「その馬で、せいぜい市中引き回しにでもなさってくださいな」
Jの残骸が、空へと消えていった。
やや引き気味に、男爵がミレイアを眺めている。
「ミレイア、大丈夫かい?」
「ええ。ちょっといいことがありまして」
ボロボロだったメイド服も、傷だらけだった顔も、アザにまみれた肌も、すべて整った。男爵の愛が、全身を駆け巡っているから!
なにしろ自分は、男爵のファーストキスを奪った相手だ! 男爵も、過去にミレイアと会ったことを覚えている。
「ママ! カッコイイ!」
アメスが、ミレイアに飛びついた。ミレイアの腰をギュッと抱きしめる。
「ありがとうございます、アメス。ニコ坊ちゃまを無事に守りましたね」
「うんっ。ママ、もうこれで全部終わったの?」
「ええ。落ち着いたら、お姉さんのお墓参りにも行きましょう」
「はいっ! ありがとうママ!」
ミレイアの腰に顔をうずめて、アメスは涙ぐむ。
「ニコ坊ちゃまのところへ行きましょうか」
「はーい」
ニコのいる場所に向かうと、クーゴンとピィがニコを囲むように守っていた。
「まったく、大したヤロウだぜ。テメエはよ」
クーゴンが、呆れたように言う。
「ゴリラにやろう呼ばわりされる筋合いはございません」
心配して損をした。
ミレイアはそっぽを向く。
「ちょっと、その言い方はヒドイじゃないのよ」
「エリザ姫、落ち着いてくださぁい」
街から戻ってきたエリザ姫が、ミレイアに食ってかかろうとした。
イルマが必死で止める。
「イヒヒ、相変わらずでヤンスね」
その様子を、ピィがクスクス笑いながら見ていた。
「男爵、若かりし頃の記憶を、覚えていらしたのですね?」
ミレイアの問いに、男爵はうなずく。
「たった今、とっさに思い出したんだ。あの虚空に閉じ込められたこと、そこでキミと出会ったこと、キミに鍛えてもらったこともすべて」
「では、男爵」
「ああ。ミレイア」
男爵が、ミレイアを抱き寄せようとした。
「そうはいきませんよ」
ふと、誰かに呼び止められる。
「お母様!」
現れたのは、ミレイアの母親だった。
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