ミレイア完全復活

 何が起きているというのか? 


 どうしてニコが、ここにいる?


「ニコ坊ちゃま。あなたはJという魔女の虚空世界に置き去りにされたはずでは?」


 半信半疑のミレイアが、ニコを問い詰めた。


 ニコは首を振る。


「何を言っているの、ママ? ニコくんはママが助けて、ずっとあたしが見てたよ?」


 アメスが、ニコを抱きしめながら言う。


「それにしても、よくアーリマンの虚空世界から脱出できたね」


 刀を担ぎながら、男爵がアーリマンを見上げた。


 クーゴンとピィが、牽制を続けている。しかし、霧状の巨人に傷一つ付けられない。実体がないのだ。


「キミが出てこないから、ボクたちは攻めあぐねていた。キミを傷つけるわけにはいかないからね」 

「男爵様。アーリマンというのは、何者なのでしょう?」

「巨人を思わせる姿だけれど、あれの正体は『こことは違う世界』だよ。異世界そのものが攻撃しに来た、と言っていい」


 異世界が実体化して、男爵を殺害に来たという。


「ボクも一度、あの中へ閉じ込められたんだ。ニホンという国から連れ去られて。妹を逃がすだけで精一杯だった。何度もくじけたよ」


 男爵が、思い出話をする。


「でも、どこからともなく現れたメイドさんのおかげで、ボクは逃げることができたんだ。今では、その人に感謝しかないよ」


 異界を操る魔女を再起不能にし、アーリマンを一度は消滅させたとして、男爵は魔王アーリマンの配下からマークされた。


 どこかで聞いたことがあるような話である。



 いや、さっき体験してきたかのよう……。



「ちいいい!」


 アーリマンの手から放たれた光線によって、クーゴンが岩に叩きつけられる。


「くそ、やべえぞボス! アーリマンの力が、急に膨れ上がってきやがったっ!」

「クーゴン様!」


 エリザ姫がクーゴンに駆け寄った。


「来るんじゃねえ! あんたらは住人の避難を頼む!」

「はい! 行くわよイルマ!」


 クーゴンの指示を、エリザ姫が素直に聞く。


「あーん、待ってくださぁい!」


 遅れてイルマが、姫に付いていった。

 妙だ。まだ住民の避難が終わっていないなんて。


「男爵様、これはいったい」

「え? キミがアーリマンに捕まったのは、ほんの五分前だよ?」


 あれだけのことがあって、こちらではまだ五分しか経っていないとは。

 聞きたいことは、山ほどある。しかし、今は目の前に集中せねば。


 アーリマンが突然、風車サイズにまで縮んだ。急に大股開きになる。


「あああ、クソメイドごらあああああああ!」


 天を仰ぎながら、アーリマンがわめく。その声は、Jによく似ていた。


「よくもよくもよくもぉ! あたしの絶対無敵領域を破壊しやがって! 許さねええ!」


 声だけではない。姿までもがJへと変貌を遂げる。


「あなたは、J!」

「ああ。ああそうだよ! あたしはアーリマンの本体さ! むしろ、アーリマンはあたしそのものであり、あたしはアーリマンの母親でもある!」


 Jとなったアーリマンが、口元を釣り上げた。


「あたしは世間の絶望を食って、さらなる絶望の世界を生み出す! そうやって、勢力を拡大してきた! なのに、お前たちが邪魔をした! あたしらに管理されてこそ、世界は平定を保てるってのにぃ!」


 傲慢な論理だ。すべてが自分中心に回っていないと許せないという類のオンナか。


「あなたの野望になど、誰もついてきませんわ!」

「来なくていいし。強引に首輪つけっから。あんたらは地べたを這いつくばってればいいんだよ虫が!」


 巨人となったJが、背中からチェーンソーを出す。


「ではその虫に刺されて死んでいただきます」

「上等だよ羽虫がぁ!」


 チェーンソーが、ミレイアに向かって振り下ろされた。


 ミレイアも動こうとする。しかし、足がもつれてしまう。


『あかんミレイア! ムチャをし過ぎや!』


 脱出で、今度こそパワーを使い果たしてしまったらしい。


「くう!」


 黙ってやられるしかないのか。男爵を守ることもできずに。

 ガキイイン! という音とともに、チェーンソーの軌道がそれた。


「んだとぉ!?」


 Jにも、予想外だったらしい。チェーンソーが外れたことで、体重移動をミスした。脚をもつれさせ、転倒する。


 チェーンソーを防いだのは、力自慢のクーゴンではない。ピィですら、そんな力はなかった。アメスやエリザ姫にも、そんな芸当はできない。


 やったのは、男爵だった。刀を肩に担ぎ、息を整える。


「男爵、様!」


 やはり、この男についてきてよかった。トゥーリ・コイヴマキは、決して枯れてなんていない。




「ミレイア。約束通り、『今度はボクが守る』よ」




 男爵が、ミレイアに告げた。


 ミレイアはようやく、気づく。


 自分がアーリマンの作った世界で救ったのは、ニコではないと。

 

 若かりし頃の男爵だったのだ。


 あのとき、どういう作用が起きたのかなんてわからない。

 しかし、ミレイアは時間を飛び越えて、若い頃の男爵を助けた。

 

 それだけは、事実だろう。


「ふ、ふふふ……」


 腹の底から、笑いがこみ上げてくる。


「どうした、ミレイア?」


 男爵が、不安げに尋ねてきた。


「フ……フハハハハーァ!」


 急に、ミレイアが立ち上がる。全身に、力がみなぎってきた。 




「復活! ミレイア完全復活ですわ!」

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