さらばミレイア

「コソコソ何やってんだおらあ!?」


 イライラが頂点に達したJが、メス型のシッポでミレイアの背後を貫こうとした。


「別れの演出くらい、黙ってみていなさい!」


 怒りの裏拳で、ミレイアはシッポに付いたメスを破壊する。


「あなたの相手は、後でじっくりして差し上げますわ」


 再び、ニコの方へ向き直る。


 最後に、ミレイアは自分がハメている指輪をニコの指へ。


 ニコはそのまま、眠りにつく。


「お休みください坊ちゃま。目が覚めたら、全てが終わっていますわ」


 彼には凄惨な様子を見せたくない。眠らせることにしたのだ。


『待ちやっ! あんた何する気や、ミレイア!?』

「何って……あなたの力をニコに差し上げたのです」


 こうするしかない。魔女の力さえあれば、ニコだけは守れるだろう。


「わたくしが負けたら、あとはお願いしますわ」

『ミレイア、あんたアホやで! 何が活路や!? 八方塞がりやないかっ!』

「しっかりお守りするのですよ、魔女」

『あかんミレイア! ミレイア!』


 最後の力を振り絞り、ミレイアはJと対峙する。拳を振り上げながら。


「ならあ!」


 Jも、カウンターを狙う。


「ぬん!」


 両者の拳が、互いの頬にめり込んだ。


 唇から、血ヘドを吐く。ミレイアも、Jも。しかし、攻防は終わらない。


 フックの応酬が続いた。どちらかが倒れるまで、繰り返される。


「ぜえー、ぜえー」

「はぁ、はぁ!」


 両名ともに、魔力はもう残っていない。意地と意地のぶつかり合いだ。息も絶え絶えになり、最後の一発のために力を込める。


「がああ!」


 ミレイアのアッパーが、Jのアゴを捉えた。


「いいいい!」


 Jも、ミレイアの顔面にストレートを打ち込む。ミレイアが踏み込んだのが見えたため、前へ押し出した。アッパーの勢いを打ち消すためだ。


 ミレイアも、Jのストレートをそらす目的で、アッパーを繰り出したのである。


 二人が、背中からダウンした。立ち上がる力は、ない。それでも、気合だけで起き上がった。


「あんたの負けだ」


 Jが片腕で、虫の息となったミレイアの喉を掴む。


「よくも、さんざん苦しめてくれたね? それもこれまでだ!」


 ミレイアは、Jの手を振りほどけない。


「やはり、この領域内ではあたしの方が上だった! イレギュラーのあんたが入り込んだときは、どうなるかと思ったが、やはりあたしには、アーリマンの加護がある!」

「他人の力で勝っても、自慢にはなりませんわ!」


 ノドにたまった血溜まりを吐き出し、ミレイアが言い返す。


「勝ちは勝ちだっ! あんただって二人がかりでもあたしに勝てなかったじゃないか!」

「それは……どうでしょうか」

「なにぃ? あんたの味方は逃げた! あんたはここで、あたしに殺され――」



 Jは、それ以上言葉を話せなかった。背中を、刀で刺し貫かれたから。



 刺したのは、ニコだ。魔力が戻ったのだろう。折れたはずの刀を手に、Jを背中から貫いている。



「て、てめ……」



 Jの腕から、力がなくなっていく。

 やがて、Jは崩れていく空間と運命をともにした。



 ようやく、ミレイアはJの拘束から解放される。しかし、足に力が入らない。床に倒れそうに。


 それを抱きとめてくれたのは、ニコだった。小さい体で、自分より背の高いミレイアをお姫様抱っこで受け止める。


「やはり、わたくしが見込んだとおりでしたわ。お見事でした」

「ありがとう、ミレイア」


 この期に及んで、ニコはミレイアを呼び捨てにした。口調まで変わっている。


「この力は返すよ」


 ニコが、ミレイアに指輪を渡す。


 ミレイアに生気が戻ってきた。

 魔力が多少戻ったのか、ニコが魔力を分けてくれたのかはわからない。

 わかるのは、自力で立ち上がれたという事実のみ。


「帰りましょう、ニコ坊ちゃま」

「ああ。だが、ボクには行くところがある。キミだけでも帰るんだ」


 刀を手に、ニコはいずこかへ向かおうとしている。


「ニコ坊ちゃま!?」

『さあさあ、この空間が崩れるで! 急がんと!』


 空間の切れ間に青空が見えた。

 魔女のムチが、その上空へと伸びていく。


 ひとりでに、ジャベリンユニットが展開された。


 これほどに、力が戻っている。


「でもニコ坊ちゃまが!」

『もう間に合わへん! 行くで!』

「坊ちゃま、ニコ坊ちゃま! 早くこちらへ!」


 ミレイアが、ニコに手を差し伸べる。


 しかし、ニコは手を取ろうとしない。


「さようなら、ミレイア。何かあったら、今度はボクがキミを守るよ」


 その笑顔は、今までのニコからは想像もできないほど清々しかった。


 まるで、男爵のような……。


 ニコの笑顔に見送られながら、ジャベリンの翼は無情にもニコを置いて飛び立つ。

 



 

「ママだ!」

「あいつ、アーリマンの腹から出てきたぜ!」


 アメスとクーゴンが、ミレイアの存在に気づく。


 アーリマンの体内から脱出したということは、自分は今までアーリマンの中に閉じ込められていたというわけか。


 ミレイアが、地上へ降り立つ。


「ご無事ですか? ミレイアさん」


 アメスと共にミレイアのもとへ、一人の少年が駆けつける。


 ミレイアが助け、ミレイアを助けてくれたはずのニコだった。

 さっき笑顔で別れたはずのニコが、ここにいる。

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