最後の賭け

 お互いが、血まみれになって攻撃を繰り出した。


 ゼロ距離インファイトで殴り合ったかと思えば、中距離でムチによるシバき合う。

 距離を離されたら、それぞれの持つ銃が火を噴いた。


 その間は数十分という程度である。しかし、一発一発に全力を注いでいた。両名とも服はボロボロで、武器も砕けている。息も上がっていた。


「ああクソ、戦闘用フィールドがぁ!」


 長時間の戦闘で、Jの無敵領域が徐々にぼやけてくる。空や地面など、各部分にノイズが入るようになっていた。領域内無敵と言われたJでも、戦闘領域自体の維持が難しくなっているように思える。


 そのおかげで、男爵の気配がわずかに届く。希望はあるのだ。これでまだ、自分は戦える。


 つかみ合いの末、Jが転倒した。


 好機と、ミレイアが馬乗りになろうとする。


「おるあ!」


 寝たままの状態で、Jがケンカキックを見舞ってきた。


「ぐはあ!」


 したたかに、ミレイアはアゴを蹴られる。


『あかん、ミレイア! ニコが!」

「障壁にヒビが!?」


 ミレイアも、ニコを守りきれなくなってきた。障壁の膜が、薄れていきつつある。限界が近い。ここまで追い込まれたのは、初めてだった。


『いけるか、ミレイア? まだ意識はあるな?』

「誰に口を聞いていますの?」

『それだけ文句が言えたら、元気やな』


 とはいえ、両者とも決定打に欠ける。何か不可抗力でも起きない限り、この千日手は打開できないだろう。


 Jのムチについたメスが、ミレイアの目を狙ってきた。

 すかさず首を動かす。

 致命傷は裂けたが、額から出血する。鮮血により、視界を奪われた。


「ヒャハーもらったぁ!」


 ヒールによるカカト落としが、さっきケガをした額に直撃する。


 しかし、それもミレイアの狙い。玉砕覚悟で、ミレイアはJの太ももをがっしりとホールドする。


「ふん!」


 ヒザを高く上げて、Jの大腿部を粉砕した。


「ぎゃああああ!」


 背中に背負う無数のムチを乱暴に振り回し、Jが緊急回避する。


 追撃しようと無理に突っ込んでしまい、ミレイアも全身を切り裂かれた。おびただしい量の出血をする。ミレイアの行動は、明らかに精彩を欠いていた。勝負を焦っている。ニコの防御障壁が消えてしまうことを危惧しているのだ。


 しかし、その障壁もとうとう砕けてしまう。ニコは地面に放り出され、尻餅をついた。


「ハア、ハア! あたしの勝ちだよクソメイド! あんたはもう、あのガキを守れない!」


 勝利を確信したJが、ニコへと迫る。


 怯えた顔をしながら、後ろへと下がり続けるニコ。


 Jに背を向けて、ミレイアはニコを抱きしめる。


「どけよクソメイド。あんたに用はない」

「いいえ。下がりません。わたくしには、主人を守る義務があります」


 危険な場所へ連れてきた後悔もある。心なくフッてしまった懺悔のつもりでもあった。


「だったら二人仲良くあの世へ行けぇ!」

「フィールド全開!」


 ミレイアは、最後の力を振り絞ってニコを自分ごと障壁へ閉じ込める。


「てめえナメてんのか!? 無駄だったのっ! 残り少ない絞りかすみたいな魔力で、あたしの攻撃は止められない!」


 ヒールで何度もミレイアの作った障壁を蹴り飛ばしながら、Jが悪態をつく。


「わたくしは、一歩も引きませんわ!」

「ああ。二人仲良く死ぬがいいぜ!」


 とうとう、Jのキックによって障壁が蹴破られる。


 しかし、ミレイアの目は死んでいない。キッと、Jを見据えている。


「どこまでもあたしをバカにするんだね? いいだろう! 死にな!」


 トドメとばかりに、Jが背部のメスを結集させた。竜の尾のような形状へと姿を変える。さしずめ生体型の槍を思わせた。


「もういいよ、ミレイアさん! もう戦わないで!」


 ミレイアの服を掴みながら、ニコはミレイアに訴えかける。


「敵の狙いは、ボクなんだ。ボクさえ死んだら、向こうもあきらめる!」


 死を決意したらしきニコが、前へ出ようとした。



 その唇を、ミレイアは奪う。



「んぐ!?」


 いきなり口づけをされて、ウブなニコは一気に顔が茹だっていた。


「あまりに短絡的すぎる発言をするもんだから、思わず塞いじゃいましたわ。口の聞き方に気をつけなさい、ガキ」


 唇を放すと、わずかに唾液の糸が垂れ下がる。


「いいですか坊ちゃま、死を覚悟するというのは、そこに活路を見出すものがするものです。あなたの使用としているのは犬死。そこに勝者はなく、誰も喜ばない」



 言い聞かせるように、ミレイアはニコの顔をジッと見据えた。



「ここは、メイドにおまかせを。きっちりお掃除してまいりますわ!」



 再度、ミレイアはニコに接吻した。ニコが引き剥がそうとするが、ガッチリとホールドして放さない。


 ミレイアの身体から、魔女の力が失われる。その力は、ニコへと流れていった。


 ニコの周囲に、魔法障壁が戻っていく。再び、ニコは透明な光に包まれた。


 代わりに、ミレイアは「ミレイア・エルヴィシウス」の姿へ。聖女の外見になったが、魔女の力を失った分だけ弱体化も否めない。



 それでも、これがベストな方法なのだ。



 自分と魔女、ふたりとも死んだら勝ち目はない。


 魔女が生き残っているならば、Jにも勝てるはずだ。


 ニコの戦闘力は心もとない。

 が、動かすための器さえあれば、魔女は自由に行動できるだろう。

 

 それまで、自分はなるべくJの魔力を削り落とす。

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