最強痴女ナースの死角

「ズタズタに切り裂いてやっから、いい声で哭けよオラアッ!」


 イキリ気味に奇声を発し、Jが飛びかかった。

 ミレイアも、本気になる。チェーンソーを叩き壊す勢いで、刃を振り上げた。刀の背でチェーンソーの刃を止めるのが、精一杯だったが。


「刃を止めやがった!? 魔力でガリガリにスピードアップしてるのによぉ!?」



 再度、Jがチェーンソーを両方振り下ろした。



「ヒャーアッ! こいつは防げまい!」

「それはどうですかね?」


 ミレイアが、チェーンソーを受け止める。その衝撃で、地面がめり込んだ。


 なんてパワーか。ミレイアをここまで追い込んだ相手はいない。雷獣アエーシェマですら、ミレイアは手加減するくらいだった。


『さすがや』

「どうして、こんなヤツが後ろに控えていたのでしょう?」


 普通に考えて、おかしい。これだけの強さがあるなら、男爵たちを全滅させることも容易いはずだ。アーリマンと組めば、なおさら世界制覇も近いだろう。


『簡単や。こいつの強さが限定的やからやねん』

「どういう意味ですか?」

『引きこもりのニートやさかいな。強いのは、自分の世界でだけや』


 要するに、自分のフィールドでしか、本領を発揮できない。


『せやから、表舞台にも上がってこられへんかったんや』


 なんという不器用さか。これが最強ナースの死角とは。


『実はな、これでも弱体化しているくらいなんよ』

「そうなんですの?」

『あんた、っちゅう異物が入ったからな』


 本来なら、ニコだけをターゲットにしていじめようとしていたに違いない。しかし、ミレイアが介入したことによって、その計画が崩れたのだ。


「一度に二人を相手にしていられないと?」

『せや。それでもあんたよりだいぶ強いさかい、気ぃつけや!』


 気をつけろと言われても、どう戦えというのか。


「しゃ……さあっ!」


 柱まで追い詰められたミレイアに向けて、Jはチェーンソーを交差させながら斬りかかった。


 ミレイアはムチをバネ状にして、身体をバウンドさせる。


 さっきまでミレイアのいた場所が、X状に切り裂かれた。


「逃がすか!」


 Jは、チェーンソーを足の裏に装着する。

 チェーンソーの回転で、倒れる柱を駆け上がった。

 ミレイアに追いつき、とんぼ返りからのカカト落としを見舞う。


「どらあ、死ねえ!」

「ぬん!」


 ミレイアも負けじと、Jの太ももを切り落とそうと刀を横へ薙いだ。


「甘い!」


 Jはカカト落としから脚を曲げて、横薙ぎを防ぐ。ミレイアの首へ、チェーンソーを走らせた。


 刀を手放して、チェーンソーをかわす。


 だが、刀を粉々にされてしまった。


「なるほど。大した腕ですわ」

「あんたもな」


 舌打ちをしながら、Jはチェーンソーを捨てる。カウンターをさせた際、ミレイアはムチのハンドガンでチェーンソーに弾丸を撃って使えなくしたのだ。


「殺すのは惜しい。ガキを渡せば、楽しく殺してやる。なんなら、永遠に戦闘を楽しめる」

「現実世界で同じことをなさることは、できないと?」

「このガキの運命力は、ハンパねえ。なんらかのイレギュラーが働いて、絶対にあたしのアーリマンを殺しに来てしまう」


 魔界でシミュレートして、出た結論だそうな。


「それを阻止するには、あたしごとこの領域に閉じ込める必要があるのさ」


 大した忠誠心だ。自分ごと、道連れにするとは。


「愛する主にもう会えないという絶望的な状況を、あなたは甘んじて受け入れると?」

「しゃーねーだろ。我が父は永遠の地獄をご所望だ。配下を送り込んで、世界を人の住めない場所へと変えている。こっちは魔界チャンネルを作って、外野の魔族ともども楽しんでいる」

「一連の配信騒動は、あなたの仕業だったんですね?」

「それしか、娯楽がないんでね」


 まさか、ミレイアが活動したすべての戦闘が、このオンナの暇つぶしに利用されていたとは。


 それだけ、このオンナは存在感が凄まじいのだろう。


「アーリマンが人間を憎む理由は?」

「あんたは部屋をお掃除するとき、Gやらムカデやらの命を気遣うのか?」


 さも当然だというように、Jは語る。


「自分の領域が害虫に荒らされていたら、駆除するのが当然だろ?」


 どうやらアーリマンは、世界が自分のものだと勘違いしているようだ。


「ただ駆除されるだけだった存在が、反旗を翻した。これは魔界の危機だ。よって我が主は、排除することに決めた」


 で、自分しか手駒がなくなったので、自ら参戦したという。


『アホや。人間のたくましさも知らんで、ようやるわ』

「だまれ魔女アジダハーカ。人間に寝返ったビッチが口をきくな」

『人間に押されとるあんたにいわれたくあらへん』


 Jの暴言に、魔女も負けていない。


「お前は、昔から気に食わなかった。それが今や、人間に飼いならされているだけの豚に過ぎん。人間の味方をして人の住む環境を保全しようなどと、なんと図々しい」

『その人間にいっぺん負けたんは、誰やったかな? それで再生も遅れたやんけ。あんたのお父ちゃんは』

「……許さん。アジダハーカ! お前だけは、あたし自らが殺す!」


 Jが、ミレイアを指差した。


「やれるもんなら、やってみい!」


 ミレイアと、アジダハーカの声が揃う。

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