コロッセオに立つ、痴女ふたり

 炎をまき上げながら、カブリオレが崖を転げ回った。普通の人間なら、死んでいるだろう。


 カブリオレの落下予定ポイントまで、ミレイアは追跡した。


 やがてカブリオレは、地上へと落下した。さらに爆発し、大炎上する。


「まさか、死んだのですか?」


 バイクを止めて、ミレイアはコトのなりゆきを見守った。


『あれで死ぬんやったら苦労せんって……』


 燃え盛るカブリオレの上に、純白の痴女ナースが降り立つ。


「んだよ。ラクショーだと思ってたのによぉ」


 痴女が、炎に包まれたカブリオレから飛び降りる。キックで、カブリオレをどかした。


「あたしはJ・ジャヒー。この世界を統べるべき魔王アーリマンの娘だ。手下をヤリまくったのはあんただね? クソメイド」

「ミレイアですわ。坊ちゃまには指一本触れさせませんわよ、クソナース」

「ダメだ。そのガキはいずれ、世界に変革をもたらす。パパのため魔界のため、あたしはそいつを始末しないといけない。だから、この世界に閉じ込めた」


 ニコにそこまでの力があるとは、ミレイアには思えない。


 しかし、彼が強くなる可能性はある。ソニエール城を共に攻略したオーレリアン王子は、ニコと同じようにあの安全領域球体で戦闘力を得た。その力をもって、親玉のソニエールを屠った経緯がある。


 ニコも、あるいは。


『狙いは、ニコ坊だけみたいやな?』

「ですわね。ニコ坊ちゃまさえ保護できれば、勝ちですわ」


 あとは脱出するだけ。やつが逃げ回っているのは、おそらくニコをこの世界に閉じ込めておくためだ。自分が倒されると、空間も消滅するのだろう。


「だったら手っ取り早いですわ。抹殺オシオキ一択でしょう」


 ニコを人質に取れば、男爵もうかつにアーリマンへ手出しできない。だたでさえ恐ろしい強さを持つアーリマンに対して、さらに男爵まで戦力を削がれれば、世界崩壊は免れない。


「どうしてもやるってんなら、場所を変えるか」


 Jが腕を天に伸ばし、指を鳴らした。


 戦場がモザイク状に分解されていく。炎も消えて、場面の形状が別のものへと切り替わった。


 現れたのは、コロッセオのような広場である。決戦にはおあつらえ向きの場所だ。


「ここは、あたしが作った領域。こいつには一生、ここで死と再生を繰り返してもらう」


 この光景も、彼女が作った幻だというのか。どうりで、場面が急転換したと思ったが。


「ガキを渡せ。そしたらあんたは見逃してやる。あたしは、そいつを絶対殺すウーマンになる」


 Jの持つムチの先端が、すべてメスへと変わった。


「あたしの標的は、そのガキだけのはずだ。あんたまで呼んだ覚えはない」


 やはり、敵の狙いはニコのようだ。


「お断りしますわ。この方は、わたくしがお慕い申し上げる大事な方の血縁者ですわ。あなたのようなゲスになど渡しません」


 ミレイアは手持ちのハンドガンを、一斉にJへと向ける。


「信頼してくださった方が、あなたの計画を阻止するためにわたくしを遣わせたのです。あなたの思うようにはさせませんわ」

「だったら、ふたりとも死んじまいな!」


 メスの付いたムチが、ミレイアに迫ってきた。


 ハンドガンを盾代わりに、ミレイアはムチを弾き飛ばす。


 無数のメスを、射撃で跳ね返し続けた。


 かすかに、ミレイアの肩に切り傷が入る。

 

 思っていたより、相手は手強い。

 おそらく、今まで戦ってきたどの魔族より強いだろう。

 さすがは、魔王の娘か。


『ミレイア、こいつは魔王の娘や。我より強いで!』

「血筋はポテンシャルと直結いたしません! わたくしは負けませんわよ!」

『それでこそ、ミレイアや! かましたれ!』


 ムチによる応酬を解除し、インファイトに切り替えた。刀を取り出し、斬りかかる。


「んらああ!」


 相手も、釘バットを持ち出して打撃を叩き込んでくる。


 そのまま、つばぜり合いになった。


「アハハハ! さすがだね、クソメイド。ウチの配下が誰も勝てないわけだ!」


 ケラケラと不気味に笑いながら、バットを振り下ろしてくる。しかも、相手は片手だ。


 釘の複雑な突起に阻まれての、つばぜり合いである。こちらの軌道がズラされてしまう。


「きっつ! しつけえなぁ……だらぁ!」


 相手もこちらが微動だにしないためか、じれて弾き飛ばしてきた。


 アンダースローで、Jが釘バットを地面に叩きつける。


 釘が一本、ミレイアの目を狙って飛んできた。


 刀で受け止める。それだけで、後ろにのけぞるほどの威力だった。


「まだまだぁ!」


 釘バットを振りかざしながら、Jが飛びつく。


 バットについている釘の位置を正確に把握し、ミレイアは振り下ろされたバットを切り裂いた。


「やべえ!?」


 腕ごと斬られそうになり、Jはジャンプで後ずさる。


「あれを切り捨てるか! クソが、バチンコ玉じゃあるまいし!」


 Jが、舌打ちをした。


「クソが。めっちゃ楽しい! でも、殺さなきゃいけねえ!」


 手をワキワキさせながら、Jが釘バットを蹴飛ばす。


「こっちじゃダメだ! ならこいつはキクぜぇ!」


 Jは続いて、ガーターベルトと直結した白いニーソに手を突っ込む。


「じゃじゃじゃあーん!」


 両手にチェーンソーを持ち出したJが、武器のスイッチを入れる。

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