男爵と念願の混浴

 どういう風の吹き回しだろう?


 こちらからお願いしたくても言えなかったことを、男爵が言い出す。


「男爵、脅されているならおっしゃって」


「違うから! ボクが入りたいんだよっ。キミと!」


 ミレイアは、頭が混乱した。


「あのみなさん、これはいった……」


 理由を聞こうとしたら、部屋には誰もいないではないか。今は、男爵と二人きり。


「そうですわっ。ここはまた夢の世界! 男爵も幻なのでしょう? そうに決まっていますわ!」

「正真正銘ボクなんだけど?」


 そういえば、この地に来てロクに遊んでいない。

 男爵に水着姿を見せつけるという願いも叶わず、男爵は水にも入ろうとしなかった。


 こちらに大きな背を向けて、男爵は既に肌を見せていた。湯に身体を沈める。


「ああ、キミも早くいらっしゃい。山の風景がキレイだよ」


 今日の男爵は、やけに積極的だった。

 いつもは「背中を流してやる」と言っても、頑なに断られ続けたのに。


「は、はい男爵様。お待ちを」

 たどたどしい所作で、ミレイアも湯に浸かる。


 皮膚は温まっているのに、気持ちは鳥肌が立つほどに冷えていた。


「ボクの刀は、役に立ったようだ」


 男爵から切り出されて、ようやくミレイアは加勢の正体に気づく。


「キミがピンチに陥ったことを、ピィの装置で知ったんだ。何かできないかと、ボクはキミに刀を握らせた。まさか、本当に使えるなんて思っていなかったけれど」

「そうだったのですね」


 あの刀は、男爵のものだったのか。道理で見覚えがあったはずだ。


「無粋だったかな。二人きりの決着に水を差したかと」

「いえ。非常に心強い助力でしたわ。わたくしは、男爵様と共に戦ったのですわね」

「ボクの剣は、すぐに追い出されたけれどね」


 ミレイアが未熟だったせいだ。男爵の装備も、記憶にないなんて。自分は、男爵のすべてを知っているつもりだったのに。


「ボクが余計なことをしなくても、キミなら攻略できただろう」

「とんでもございません。ありがとうございました」

「さあ、身体を洗おう。いつももてなしてくれているからね。ボクがキミをいたわるよ」

「でしたら、お願い致します」


 ここで断ると、かえって失礼であろう。お言葉に甘えるとする。


「それにボクは、キミに取り返しのつかないことをした」

「何を?」


 男爵の手が止まった。


「キミに武器を送るとき、『強い念が必要だ』とシオンから聞かされた。身も心もシンクロしている必要があるのだと。それで……」


 細い手が、戸惑っているかのようにゆっくりと動く。

 言い辛そうな心境と、シンクロしているのか?


「それで?」

「……接吻した」


 それは、つまり。

「つまり、わたくしのファーストキスの相手が、男爵様ということに……」


「そうだよ。ボクは、キミの唇を奪ってしまったんだ」


「そ、そうでしたの」

 思わず、前を向いてしまった。


 とっさに、男爵が顔を背ける。


 見てしまっても構わないのに。いっそ前を。


「ああするしかなかった! シオンが言うにはだけれど!」

「わたくしは、気にしておりませんわ」

「ありがとう。ところで、その」

「何か?」


 男爵は、視線だけを移動させる。

 目を泳がせつつも、なるべくミレイアの裸を見ないように努めていた。

 かわいい!


「うまくできただろうか?」

 自信なさげに、男爵は問いかけてきた。

「ええ。助かりましたわ」


 素直に感謝する。

 男爵の軌跡があったおかげで、今の自分はあるのだ。

 感謝せずにはいられない。

 抱きしめて、キス以上の行いを経て、お子を産んで差し上げたいほどに。


「いや、違う。そうじゃなくて」

 ブルブルと、男爵が激しく首を振った。


「なにがでしょう、男爵様の愛情は、しかと受け止めたつもりですが?」

「初めてだったから。女性と口づけをするのが」


 衝撃的な告白が、男爵の口から放たれる。


「つまり、男爵様のファーストキスの相手が、わたくし……」


 ミレイアは、再び意識を手放す。床の冷たさが、背中に染みた。


「どうしたんだミレイア、ミレイアーッ!?」


 男爵が、ミレイアの背に腕を回す。起きないミレイアを揺さぶりながら、何度もミレイアの名を呼んだ。

 至福なり! これは至福オブ至福のとき!

 いっそこのまま抱いて欲しい。

 ベッドに運んで既成事実を作っていただかねば!


「ああ、わたくしはもうダメですわ。男爵様熱いキッ……人工呼吸をいただかないと、助かりませんわ」

「これ絶対、起きてるよね!?」

「テコでも起きませんわ」


 だが、強烈なデコピンによって、ミレイアは強制的にたたき起こされてしまう。


「指のサイズが違いますわ。男爵様ではありませんわね?」

「ああ。どこまで図々しいんだよテメエは」


 やはり、デコピンしてきたのはクーゴンだった。


「申し訳ないことをした! キミまで初めてだったなんて! ボクみたいなジジイにキスなんかされて、さぞ気持ち悪かったろうね」


 オドオドする男爵の姿は、まるで思春期の少年のようだ。


 無理もない。

 ずっと戦闘ばかりで、嫁も取っていなかったのだから。


「とんでもありませんわ! どれだけ光栄なことか! ささ、記憶がさっきのデコピンで吹っ飛んだので、もう一度。リトライですわゴッ!」


 再び、デコピンが飛んだ。 

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