魔女と完全融合

 勝ったとはいえ、無事ではない。

 傷は浅いが、骨折が凄まじかった。

 残り少ない魔力を、治癒にあてている。


『見事やな。ウチのサポートなんているんか? ってくらいに』

 両腕を負傷したローブ姿の女性が、膝を突いて呻いていた。

 魔女はもう、コージ・ミフネの形を取っていない。

 おそらくヒドいダメージを負って、身体を構成できないのだろう。

 今の姿が、魔女の正体なのか。


「さっさと心臓をひと突きしてしまえば、脱出の機会など潰せましたのに」

『あんたは油断できへん。不用意に近づいてやられていったヤツらを、ウチもぎょうさん見てきたからな』


 慎重さがアダになったようだ。


『完敗や。あのとき邪魔された理由はわからんけど。アンタには、なんかラッキーがついているんかもな』


 魔女の身体が、光の粒子へと変わっていく。


「どうなさいましたの?」

『ウチの魔力が、アンタに流れ込んでるんよ。これでウチは、アンタと一心同体になるねん』


 魔女の力を取り込む、ということは、そういうことらしい。

 いわば、どちらかが身体を乗っ取るまで続く骨肉の争いだと。

 つまり、戦いに負けた魔女は消える運命にある。


「それだと、あなたの人格は消えてなくなってしまうのでは?」

『かまへんかまへん。強い人間に取り込まれるんや。アンタの中に、ウチは生きとる。記憶も共有できるし、至れり尽くせりやで?』


 自分の身に降りかかる結末を、魔女は受け入れてしまっているようだ。


「ダメですわ!」

 ミレイアは、うずくまる魔女を抱きしめた。


 分解し掛かっていた魔女の肉体が、再構築を始める。ミレイアの注ぎ込む魔力によって。


『何するねん、アンタ!?』


 決まっているではないか。今まで尽くしてくれた魔族に、魔力を返しているのだ。


『自分もエライダメージを負ってんのに、ウチに分けるパワーなんて!?』

「これまでずっと、あなたはわたくしを助けてくださいました。これからもサポートしていただきますわ」


 勝手に消えるなんて、許さない。

 魔力の最後のひとかけらが消滅するまで、今後も働いてもらう。

 それまで使い潰す。


『ウチの魔力は、いらんていうんか?』

「自力でなんとか致します。わたくしは聖女ですので。それに、まだ強い魔族はいるのでしょう? あなたの助言が必要ですわ」


『現金やな、アンタは。そないに、話し相手に飢えてるんか?』

 いつもの軽口が、魔女の口から飛び出した。


「失礼ですわね、人が親切に声を変えて差し上げているのに」

『言うとけや。もう……』


 ミレイアが言ってのけると、魔女がため息をつく。


『せやけど、しゃあない。また面倒見たるわ』

 魔女が、元通りになる。


『これであんたも正式に、ウチを制御下においた。これでウチも、本領を発揮できる。ようやく、力を取り戻せたで』


 今まで、本気ではなかったのか。


『ウチが本気を出したら、それこそアンタを取り込んでしまうさかいな』

「わたくしは、大丈夫ですの?」

『あんたは、ウチより強くなっとる』


 自分の身体を触っても、魔女を完全制御できるという実感が湧かない。


『もうウチは、アンタがようわからん。最後まで相手したるさかい、きばりや』

「わたくしを誰だと思ってらして?」


 ミレイアと魔女の二人が、笑い合う。


『ほな、目覚めの時やで』


 視界がぼやけてくる。覚醒の時だ。


                ◇ * ◇ * ◇ * ◇


 ミレイアが目を開けると、まずアメスの顔が見えた。

 ここは、旅館の一室のようだ。


「あっ、ママが目を醒ましたよ!」

 アメスはミレイアの首に飛びつき、「よかったぁ」と安堵する。


「心配をおかけしましたね、アメス」

「ホントだよ! 半日も起きなかったんだから!」


 眠っている間、アメスが世話をしてくれたらしい。


「ミレイア!」


 男爵がミレイアの手を取る。


 老勇者の体温を感じるだけで、ミレイアは生きていると実感できた。


「気がついたんだね」

「申し訳ありません。こんな大がかりな設備まで用意してくださって。ご迷惑を」

「迷惑だなんて! とにかく無事でよかった! ありがとう!」


 まるで自分のせいかのように、男爵はミレイアを気遣ってくれる。


 ところで、さっきから気になっていることがあった。


「この、頭に付いている装置はなんでしょう?」


 なぜか、ミレイアは頭に鉄製のザルを乗せられている。

 ピカピカ光る電飾付きで、コード類が大きな機械と繋がっていた。


「こちらでも、あんたの夢を確認できる装置さ」


 ミレイアがどういう状況なのか、確認できるように開発したという。


 シオン博士が、モニターのスイッチを切った。 


「無事だったんだね。ミレイア」

「イヒヒ。夢の中でも武器は扱えたようでヤンスね」


 ピィとシオン博士が、ミレイアの頭から装置を外す。


「ええ。さすがピィと博士の開発した道具は素晴らしかったです」


 その後、ミレイアは昼食を取った。

 十分すぎるくらい眠ったので、仮眠は取らなくていい。


「もう大丈夫なのかい、ミレイア?」

「平気ですわ。あれくらいで参るわたくしでは」


「じゃあミレイア、ついておいで」

 男爵に手を引かれて、内湯まで連れて行かれた。



「疲れただろう。背中を流そう」

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