男爵の血縁者 (第五部 完

 至福の時間が過ぎるのは早い。楽しかった休暇も、今日で最終日だ。


 街の修繕を終えたクーゴンと合流する。


 宴会場を借りて、全員が盛り上がっていた。

 この地で最後の夜だ。

 エリザの国がおごってくれるという。


 普段控えているデザートを、アメスはこの日だけと食べまくる。


「はいアメスちゃーん。あーん」 

 イルマが餌付けのように、アメスの口へ大量にお菓子を詰め込む。


 クーゴンは、エリザから口説かれていた。

 楽しそうだが、遠慮がちである。


 ピィとシオン博士は、生のエビや刺身を細かく刻んで観察していた。

 ここでも研究に余念がない。


 温泉街の人たちだけでなく、ドラゴン族も参加していた。

 族長と、温泉街の責任者が酒を酌み交わす。


「ミレイア、ちょっといいか?」


 エリザのラブラブ攻撃から、クーゴンが逃げ出してきた。


 当のエリザは、ウイスキーボンボンで酔ってしまったらしい。

 今、イルマが介抱している。


「まったく、大したヤツだぜ。テメエはよ」

 クーゴンが、珍しく口元をつり上げた。

 その表情からは、いつもの刺々しさが感じられない。


「いざとなったら、俺がお前さんを止めなければならなかった。そうならずに済んでホッとしている」


「あなたとの決着を付けるまで、まだ死ねませんから」

 ミレイアも言い返す。


「へっ」とクーゴンが笑う。


「どうなさったのです? いつもは軽口が飛んできますのに」


 普段のクーゴンと、様子が少し違った。これでは調子が狂う。


「妹を、オレたちの故郷を守ってくれて、感謝する」


 兄にならって、隣に立つリッカも頭を下げる。


 プライドの高いクーゴンから、感謝なんて絶対に聞けるハズなんてないと思っていた。


 それだけ、今回は大変な事件だったのだろう。


「俺たちだけだと、解決はできても血は流れただろう。お前さんは、ほぼ無傷で今回の件を片付けた。どう感謝していいものか」


「感謝だなんて。わたくしは、男爵を困らせる相手を懲らしめただけでして」


 だが、今度は自分が脅威になりかけた。

 正直、引退まで考えていたほどである。

 男爵の迷惑になるなら、離れねばと。


「でも、そのおかげで街も、あたしらの集落も救われた。ありがとうよ」

 ミレイアに敵対心を持っていたはずのリッカから、お礼を言われるとは。


「また遊びにおいでよ。大したおもてなしはできないけれど、また一緒にこうやって酒でも」

「楽しみにしておりますわ」


 ミレイアは酒を嗜まないが、宴会の席は好きだ。


 こうして、楽しい夜は更けていく。

 

◇ * ◇ * ◇ * ◇


 馬車で、男爵の領地まで戻ってくる。

 ようやく、屋敷が見えてきた。


「男爵様、今後は朝の口づけで起こして差し上げますわ」


「普通に起こしてくれたらいいよ」

 男爵から、苦笑いをされる。


「何をおっしゃいますことやら。わたくしたちはもう、他人の関係ではございませんわ」

「飛躍しすぎてないかな?」


 ミレイアがズイ、と身を乗り出すと、男爵は後ずさりした。


「おや?」


 屋敷の前に、馬車が止まっている。

 随分と立派だ。

 小さな少年の顔が、馬車の荷台からこちらを覗いている。


 男爵の馬車が、屋敷の前に止まった。


「あ、やっと帰ってきた。おじさまー」


 少年が、馬車から飛び出す。男爵の腹に抱きつく。


「おおっ。ニコじゃないか。元気そうだな。一人で来たのか?」

「ちょうどさっき到着しました。執事と来たよ」


 彼を見守るように、老執事がミレイアらに挨拶をした。


「ありがとう。もう大丈夫だから、帰っていいよ!」


 少年が手を振ると、執事は馬車に乗って去って行く。


「あのー、男爵様、そちらの方は? 男爵様とよく似ていらっしゃいますが?」


 整った東洋風の目鼻立ち、ひ弱ながら引き締まった肉体、男爵の雰囲気を思わせた。

 もし歳を取ったら、きっと素敵な老紳士となるだろう。


「まさか隠し子!?」


 そうとしか考えられないっ。

 これだけ似ているのだから。

 ミレイアを虜にする紳士である。子作りの一つや二つ。


 とはいえ疑問も残る。キスも知らないウブな男爵が、子どもなど作るだろうか?


 口づけを知らなくても、第二次性徴は迎えるのだ。

 性の知識に疎いはずはないだろうが……。


「ミレイア、そろそろこっちの世界に帰ってきてくれないかな?」

「は、はい!」


 姿勢を正し、改めて少年を紹介してもらう。


「彼はニコデムスだ。ニナの……妹の孫だよ」


 今年で一二歳になるそうだ。


 たしか、男爵には妹がいたと聞いたことがある。


「ニナとボクは双子なんだ。似ているのも無理はないかも」


 違いがあるとすれば、髪の色くらいだろうか。ニコの方は、金髪が目立つ。


「どうしたんだ、ニコ」

「お父様が、学校がお休みの間、しばらくこっちにお世話になりなさいって」


 手紙を読んで、男爵はニコの肩を抱く。


「とにかく中へ。詳しい話は、屋敷の中で聞くよ」




 ミレイアは、お茶をお盆に載せて運ぶ。


 少年が、立ち上がってあいさつをした。


「みなさん、はじめまして。今日からしばらくの間、お世話になります。ニコデムス・コイヴマキ・オンドルシュです」



 彼の名を聞いて、ミレイアはお盆を落としてしまう。


 カップが盛大に割れた。



「どうしたミレイア!?」

 ミレイアを気遣う男爵の声も遠い。



「オンドルシュ……」



 ニコ・オンドルシュとは、ミレイアの嫁ぎ先だったから。



(第五章 完)

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