クーゴンのブレス
「この戦況を、切り抜けられますのね?」
『もちろん、あるで。メチャメチャリスキーやけどな』
「で、その方法は?」
『あんたが、彼らにかかった魔法を一手に引き受けるんや』
魔女のパワーを最大限に使えば、あの霧をミレイアだけに浴びせることが可能だという。
「完全に魔法が解けた状態で、リッカに攻撃をしてもらえばいい、と?」
『飲み込みが早くて、助かるわ』
どうやら正解だったらしい。
『せやけど、注意しいや。魔女のパワーをありったけ使うからな、ウチの方がダメになるかもしれん』
「と言いますと?」
『あんたの方が、眠ってしまう』
住民数百人を眠らせた精神攻撃を、一人で請け負うのだ。
まともに立ってもいられないだろう。
『それだけやない。夢の中で、ウチと戦うコトになる』
悪夢の中で、ミレイアはアジ・ダ・ハーカと戦うことになる。
『これだけ濃い精神魔法を喰らったら、いくらウチでも正気ではいられへん。悪夢に取り込まれて、あんたを敵と認識するやろう』
話を聞いている間にも、エリザ姫とイルマの強制ストリップは展開されていた。
答えなんて、とっくに決まっている。
「フン、そうですか。それは困りましたね」
鼻で笑いながら、ミレイアは身体を前に反らした。
『呑気やなぁ。人の話聞いとったんか?』
「ではリッカさん、後はお願いしますわ!」
大きく胸を反らし、ミレイアは霧を一気に吸い込む。
霧が、ミレイアの呼吸器へと吸い上げられていく。
「バカねん。たった一人でこれだけの霧をかき集めるなんて……なん!?」
ミレイア一人の力で、街中の霧が薄れていった。
「これが、聖女の呼吸法ですわ!」
視界を遮るほどだった霧が、段々と晴れていく。
「わわあ。なんなのん、なんなのん!?」
慌ててプーヤンがサンマを燃やすが、間に合っていない。
『命がけの戦いになるんやで! ええのん?』
オバサンの怒声を無視して、ミレイアは吸引を続ける。
魔女の意見など、聞く耳を持たない。
後のことなど、関係ない。
リッカに託せば、後は切り抜けられる。
仮にもクーゴンの妹だ。きっちり働くだろう。
姫のことは個人的にはキライだが、男爵の友人だ。
穢すわけにはいかない。
『ホンマに、あんたはおもろいな! チャンスがあったら、何のためらいもない!』
なかばヤケクソ気味に、魔女も大笑いする。
『せやったら、ウチも腹をくくるわ!』
魔女も、覚悟を決めたらしい。
ミレイアによる捨て身の奇策が功を奏したのか、村人が正気に戻っていった。
エリザ姫とイルマが拘束を解かれる。
「どうしてなのん!? 魔法が薄れていくわん!」
ウチワで必死に霧を集めるが、プーヤンにもはや人を操る力は残っていなかった。
「低級魔族如きが、我々にケンカを売ったのが運の尽きですわ」
とうとう、プーヤンを守る霧は完全消滅した。
七輪の火も、すっかり霞む。
「あとは、あなただけですわね?」
「くそー、今一度催眠をかけてやるのねんっ。今度はあんたらにも通用するようなとびっきりを」
再び、プーヤンが七輪に火をおこし始める。
しかし、弓矢に変形したエリザ姫の武器によって、七輪は粉々に砕け散った。
炭火も、イルマが杖から水流を呼び出して消化済みだ。
もう、再び炎を上げることはない。
「わっちゃあああ! 火が火が!」
炭を被って、アイマスクに火が燃え移る。
「残念ね。あたしの仲間は、ヘンタイなの。あんたなんか、及びも付かないほどにね!」
「ひいいいい!」
逃げ足の速さも強化されたらしく、プーヤンは驚異的な速度で逃走を図った。
「おとなしく逃がすと思ったのかい? ドラゴン・ラリアットォ!」
リッカの豪腕が、プーヤンのノドを粉砕する。
「ぎゃいん!」
身体が一回転して、ドールが首と胴体に分かれた。
アイマスクが、地面にべたりと落ちる。
「このままでは済ませないのねん。もっと丈夫な身体に乗り移って!」
往生際が悪く、アイマスクは地べたを這いつくばった。
サンマを拾おうと。
そこへ、影よりも黒い存在が。
「げええ、クーゴンなのねん!?」
太い指が、サンマをつまみ上げた。クーゴンは大きく口を開けて、サンマを一飲みする。
「テメエに次なんて、ねえんだよ」
クーゴンが、口から黒炎を吐く。空気さえ焼き尽くすブレスを。
「あひいい!」
漆黒のブレスを浴びせられ、アイマスクはチリと化した。
「とにかく、全員が無事だな」
安全を確認し、クーゴンがため息をつく。
「ママ、大丈夫?」
アメスが、ミレイアに駆け寄った。
「大丈夫ですわ。少々めまいがしますが」
言っている側から、ミレイアはガクンと膝を曲げる。
「おっと」
地面に倒れる寸前で、男爵に抱え上げられた。
これ以上ない至福のひとときだ。
というのに、軽口の一つも出ない。
「無理だね。プーシャヤンスタの妖力はまだ体内に随分と残っている。全部絞り出さなきゃ」
シオン博士が、ミレイアのまぶたを確認した。
「ですわね。魔女も、こちらの呼びかけに応じません」
「とにかく、安全な場所で休ませよう」
男爵に抱えられて、宿まで向かう。
「ありがとうございます。あとは、こちらで処理致しますわ」
ベッドで横にしてもらった途端、ミレイアは意識を手放した。
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