催眠魔族 プーシャヤンスタ

 男爵にさえ聞こえるような大声で、事情を知らせてきた。


「ミレイア、代わってくれるかい?」


「どうぞ!」

 即座に、ミレイアは男爵へ通話を交代する。


「わかりました。すぐに戻ります」

「何が起きましたの?」

「やられた。敵の本命は、温泉街だったらしい」


 強力な魔物が出現し、街の人を操ってエリザ姫を拘束しようと企んでいた。

 敵の魔物まで現れ、戦闘は激化しているとか。


「敵は最初から、ボクらを街から遠ざけることが目的だったんだ」 


「それは、マズイですわ!」

 立ち上がって、ミレイアは外へ出ようとする。


 ドアを開けてくれる人物が。


「あたいも行くよ! テメエのケツはテメエで拭くぜ」

「足を引っ張らないでくださいまし」

「言ってろよメイド!」


 つっかかってくるが、そこには何かしらの親しみを感じた。


「待ちな、あんた!」

 シオン博士が、リッカに何かを投げてよこす。

「ガスマスクだ。これで多少は霧を吸わなくていいだろう」


「恩に着るよ!」

 リッコはガスマスクを被った。派手な髪型とマッチして、異世界感が満載に。


 男爵とは後で合流するとして、先に急いで街まで戻る。


 ミレイアのスピードに付いてこられるとは、さすがクーゴンの妹だ。

 



 街へ辿り着いた途端、大量の陶器が顔に飛んでくる。


 手刀で湯飲みや皿を弾き、投げてきた相手を昏倒させた。


「まずいな、これは?」


 街の様子を見て、リッカがため息をつく。


 報告通り、市民が暴れている。

 店主自らが自分の店を壊し、食品や衣類が散乱していた。

 老人も子どもも問わず、殴り合いのケンカに明け暮れている。


「離しなさい!」


 エリザ姫とイルマが、水着姿のままで両腕を掴まれて連れ回されていた。


「ひええっ。ビキニのヒモを引っ張らないでくださぁい!」

 イルマに至っては、おみこしのような台に乗せられ、ビキニを脱がされそうになっている。裸族にでもするつもりか?


 両者とも、浄化の達人である。洗脳耐性はあるらしい。

 しかし、罪もない市民に危害を加えることができず、なすがままにされている。


 早く助け出さねば。 


「あそこだ!」

 霧の発生源らしき場所を、リッカが指さす。


 そこには、綿菓子のような雲が低空飛行していた。


「なんですの、あいつは?」


 ベビードールを着た機械人形が、雲の上でプカプカ浮いている。

 顔は全く動かず、額まで上げたアイマスクの目がパチパチしていた。

 本体はあそこか。


「いえーい。あばれろあばれろー」

 七輪でサンマを焼きながら、ウチワで煙をまき散らす。

 あれが、霧の正体らしい。


「ならば、話が早いですわ!」


 銃を突きつけ、ミレイアは七輪に弾丸をぶっ放す。


 しかし、ウチワでガードされてしまった。

 あのウチワは鉄扇なのか、えらく頑丈である。


「何者ですか?」


「わっちは、プーシャヤンスタよん。極上の眠りをもたらす者よん。プーヤンって呼んでちょうだいねん」

 センシティブな声色で、魔物は自己紹介した。


「大した魔力ではないのに、よくやりますわね」


 自称プーヤンという魔族は、見ると下級の魔族である。

 これまで戦ってきた相手より、威圧感に欠けていた。

 しかし、これまで被害を及ぼすとは。


「お前のせいなのよねん。お前が魔族を散々こらしめたせいで、わっちら下っ端まで駆り出されてるのよん。でも、ボスから力をもらって、わりかしパワーアップしてるのよん」


 バックに大物がいるのか。どうりで下っ端魔族のくせに強いわけだ。


「戦いは、いかに特性を活かすかよん。わっちは人を眠らせて意のままに操ることに特化しているのよん」


 なるほど。エリザのような耐性持ちに利かないわけだ。

 とはいえ、街の人が相手なら話は別だ。

 ドラゴンさえ眠らせる洗脳魔法なのだから。


「ドラゴンは、眠りに耐性がありませんの?」

「ムリだね。基本、あたいらドラゴン族は脳筋だからな」


 実に、納得のいく答えが返ってきた。


 ドラゴン族と言えど、万能ではないらしい。


 クーゴンが、特別強かったのだ。

 他のドラゴンと違って、修羅場をくぐってきたから。

 彼に比べたらリッカたちの環境など、ぬるま湯の生活なのだろう。


 だから時代を読めず、こんな低級魔族にさえ後れを取る。


 クーゴンが集落を抜けるわけだ。


「うごくんじゃないわよん。うごいたら、こいつらが色んなモノを散らすわよーんっ」


 カタカタと笑いながら、プーヤンがみこしに乗ったイルマをウチワで小突く。


「やめなさい、あんたたち!」

 市民を足蹴にしながら、エリザ姫が抵抗する。無抵抗な人々が相手では、蹴りにも力がない。


「お嫁に聞けなくなっちゃいますよぉ!」

 とうとう、イルマのブラがスルスルと取り上げられた。


 こうしている間にも、エリザ姫たちがあられもない姿にされてしまう。


「姫をこんな目に遭わせて、どうする気ですの?」


「王族を脅迫するのよん。娘がヤバいぞーって。もう引き連れていた騎士が伝えに行ってるわん」

 ウフフ、とプーヤンは笑う。


「どうする?」


 エリザが捕まっていては、うかつに手出しできない。

 彼らを目覚めさせようにも、数が多すぎる。


『案外、そうでもないんやで』


 突破口を開くヒントを出したのは、指輪にいる魔女、【オバサン】だった。

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