クーゴンの妹 リッカ・ジャガーノート

「そいつは味方だ! 攻撃するな!」

 クーゴンの制止によって、ミレイアは攻撃を止めた。


 スキを突いて、黒シャツの女性がなおも殴りかかってくる。

 しかし、クーゴンの太い腕によってパンチが止められた。


「離せって、兄貴!」


 さっきから、黒シャツはクーゴンを兄と呼んでいるが。


「そちらの方は?」

「リッカ・ジャガーノート。俺の妹だ」


 やはり、クーゴンの妹だという。


 どうりで、ミレイアとは馬が合わないと。

 血の気が多い辺りなど、兄そっくりだ。


「話し合う雰囲気ではないが、二人とも落ち着こう」


 男爵が間に入って、取り持つ。


「なんだい、人間がしゃしゃり出るんじゃないよ!」

「男爵に向かってなんという口を!」


 また、ミレイアたちがヒートアップしそうになった。


「落ち着けって!」


 リッカが、クーゴンに羽交い締めにされる。


「この霧はヤバいね。退散した方がよさそうだ」

「イヒヒ。でヤンスね」


 シオン博士とピィが、特殊な装置で周辺を調査した。


 霧のエリアから後退し、体制を整えることに。


「とにかく俺の村が近い。そこまで向かうぞ。


 山を登り、ドラゴン族の集落へ。


 男爵一行は、族長の家に通された。


 族長は、クーゴンの父親である。

 シワが多いが、クーゴンに似て屈強だ。


 肉親との対面だというのに、クーゴンは目を合わせない。

 家出して帰ってきた学生のような態度だ。


 東洋風の湯飲みに入った、お茶が用意される。

 飲んだことのない味がした。

 独特の苦みがあるが、嫌な感じはしない。

 むしろクセになる。

 強めのポーションだと思えばいい。


 ドラゴン族の集落は、かやぶき屋根の家が並ぶ村である。

 族長の家も、例外ではなかった。

 といっても、文明が後退しているわけでもない。

 内部は温かく、それなりに家具も整っている。

 適度な環境下に住んでいるようだ。


 ドラゴン族と言うから、もっと大雑把な家屋を連想したが。



 族長の話によると、以前から妙な霧に悩まされているらしい。


「霧を吸い込むと、好戦的になったりトラウマが蘇ったりと、ドラゴンでもウカツに動けなくて」


 なるべく、霧の濃いエリアには近づかないようにと、族長はドラゴンたちに告げているという。


 観光施設を設置するタイミングに合わせて、このようなトラブルが。しかも、ドラゴンの精神さえ狂わせる強い瘴気を放つ。ましてや、ドラゴンに罪をなすりつけようとしていた。


「おそらく、強い魔物のせいですわね? あるいは、それを指揮する魔族かと」


 族長は「はい」と力なく返答する。 


「どうして、街に相談しなかったの?」


「プライドが邪魔したんだろ?」


 アメスが尋ねると、クーゴンが族長の心理を代弁した。


「違う! また兄貴はそうやって、オヤジを弱虫扱いする!」

 お茶をテーブルに叩き付けて、リッカが反論する。

「冒険者にケガをさせられない! そう思ってあたいらだけで解決させようってなったんだ」


「村人に代わって、ケガをするのが冒険者だろうが。それでも手に負えなくないなら、俺たちが出張ればいいんだ」

 腕を組んだまま、クーゴンも言い返す。


 こんなクーゴンは、初めて見た。

 ここまで人に突っかかるような男だったか?

 ミレイア相手でも、少しは耳を傾けてくれたような。


 クーゴンがどうして家を出たのか、手に取るようにわかる。

 人を信用しない保守的なドラゴン族に対して、いい印象を持っていないことは理解できた。

 とはいえ、それはクーゴンの誤解も混じっているようにも思える。


「もういい。あたいがカタを付けてくる!」

 リッカが立ち上がり、霧の発生源に向かおうとした。


「待たんか! まだどんな相手かもわからないのだぞ! さっきもそうやって息巻いて、霧に毒されたそうではないか!」


 先走ったリッカが、不用意に発生源へと近づいた。

 そのことで、敵味方の区別が付かなくなっていたらしい。


「さっきも、こちらのお客様に殴りかかったと聞いたぞ!」

「コイツは気にくわないから殴りに行ったんだ! 霧は関係ない」

「なんじゃと!?」


 取り付く島のない両名の間に、ミレイアが入る。


「まったくその通りですわ」


「なんと! お主は、襲ってきた我が娘をかばうのか?」

「とんでもない。わたくしも気にくわなかったからお相手致したに過ぎませんわ」


 いかにも挑発的な誘い。

 しかし、効果的だ。

 リッカへの不信感が、こちらへのヘイトで消滅するなら安いモノ。


 どの道、ミレイアとの衝突は避けられなかっただろう。

 なんといっても、クーゴンの妹だから。 



「いざとなったら、あたいごと始末してくれればいいんだ! 今こそ人とドラゴンは助け合いの時だ!」


「それは献身とは言わん! 自殺行為だ! 自分の身も守れんヤツが、何を勇者ぶって!」


 父と娘の言い争いが止まらない。


「あの、わたくしが参りましょうか?」


「あんたが?」

 露骨に怪訝そうな顔で、リッカが聞き返してきた。


「わたくしなら、精神攻撃にも耐性があります。そうですわよね?」


 ミレイアが、指輪に語りかける。


『せやで。あれくらいやったら、どうにか踏ん張れるやろ』


 さすがは最強の魔女だ。頼もしい。


「というわけでさっそく……あら?」


 ヘッドセット型の通信機から、連絡が。

 宿に残ってもらったエリザ姫からだ。


『メイド? こっちが大変なの! 街の人が暴れ出したわ!』

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