調査に着ていく服がない

「しかし、場所はオレの故郷だ! 勝手がわかるオレが行けばいい!」

「山と言っても、どこかのダンジョンかも知れません」


 まだ、ブラックドラゴンの主導と決まったわけではないのだ。


「ワタクシが付近を調査して、モンスターを蹴散らします。その間に、あなたがたはドラゴンの元へ」


 エリザには、住民の安全確保を頼む。


「またキミに、お願いをすることになるとは」

「いいえ。これがメイドの務めですわ」


 男爵のいる世界に平和をもたらすこと。

 それが、ミレイアの役割だ。


「ママ、大変! ママのお着替え、全部クリーニングに出しちゃった!」

「あらまあ」


 忘れていた。

 支給される浴衣で、男爵の元へダイブするつもりだったのである。

 口実として服を全て洗ってしまっていた。

 調査に着ていく服がない。


「テメエってヤツは、どこまで用意周到なんだ?」

 ようやく、クーゴンの憎まれ口がきけた。

 やはり、この男はこうでなくては。


「仕方ありませんわね。では、この格好で参りますわ」

 ミレイアは指を鳴らす。


 水着の上にビキニアーマーを装着した。

 魔女の装備が水着と融合し、赤と白のストライプ柄へと変色する。


「それで街を歩くつもりかい?」


「男爵様以外に見られても、別に構いませんわ。では、火の粉を払って参ります。準備でき次第、お早いご到着を」

 ウインクを男爵に放ち、ミレイアは先を急ぐ。




 ミレイアにとって、男爵以外はジャガイモに等しかった。

 裸を晒すわけではないから、見られても気にならない。


 何より、ミレイアには認識阻害がある。


 一般人には、今のミレイアは

「きわどいランニングウェアを着た痴女」

 程度にしか写らない。

 たとえ、水着姿で飛び跳ねながら超高速移動していたとしても。




 殺気の赴くまま、目的地らしき山に到着した。


 周辺に霧が立ちこめて、視界を遮っている。


 とはいえ、ミレイアの戦闘力を削ぐまでには至らない。

 ミレイアには、敵を察知する能力がある。


「数が少ないような」

 妙だ。敵が少なすぎる。


 大型の魔族も、霧に紛れて襲いかかってきた。しかし、ミレイアの足を止めるには至らない。

 巨大な鎌をかわして、ミレイアは魔族の眉間に一発を撃ち込む。

 大型上位魔族は、光の粒となって消えた。


「大した腕前は、ないみたいですね」

『せやな。いうほどヤバい攻撃はしてけえへん』


 実に、期待外れだ。

 使役している魔女【オバサン】も呆れるほどに、敵が弱い。



「まあ、冒険者からすれば脅威でしょうが、我々の敵では……」

 紙一重の所で、ミレイアは殺気に気づく。


 さっきまでミレイアが立っていた地面が抉れ、土煙を上げた。


「アタシのキックをかわすとは。魔物にも、ちょっとは歯ごたえのある奴がいるらしいね」


 ショートツインテールの女性が、立て膝を突いた状態から立ち上がる。

 ピチピチの黒いTシャツを着て、胸も腕もはち切れそうだ。

 ホットパンツもショーツほどに短く、全体的にむちっとした体型である。

 その殺気は、ミレイアのよく知るブラックドラゴンを彷彿とさせた。


「でも、次はどうかね?」


 またしても、気配が消える。霧と同化したみたいに。 


「とあーっ!」

 どこからともなく、ミドルキックが飛んできた。


 ミレイアは、ヒジでガードする。


 重い。クーゴンに匹敵する勢いだ。


「かなりの実力ですわね!」

 攻撃を受け止めた状態で、ミレイアは射撃した。


「アンタもな!」

 身体を仰け反らせて、黒シャツは拳銃の一撃をかわす。


 黒シャツが、足を浮遊させた。


「おるあ!」

 ミレイアの腹に、黒シャツは蹴りを一発浴びせる。


 両腕でガードしたにもかかわらず、ミレイアは空高く吹っ飛ばされた。


 跳躍して、黒シャツが追いかけてきた。

 左拳に黒い炎をまとわりつかせ、パンチを見舞おうとしている。

 その顔に、歓喜の笑顔を張り付かせて。


「油断大敵ですわ!」

 ミレイアはムチを展開する。

 黒シャツの全身を、ムチで拘束した。


 身動きが取れなくなっては、さすがに――


「へん、こんなもの!」


 なんと、黒シャツはミレイアの拘束を断ち切ったではないか。

 再び黒い炎をまとったパンチを展開して、ミレイアに殴りかかる。


 カウンターで、ミレイアはヒールでの前蹴りを浴びせた。

 狙うは、相手の目だ。


 敵はフックを打ってくる。


 直線的な攻撃を放ったこちらの方が早い。


 黒シャツは顔をそらしたが、間に合わなかった。

 頬に一撃を受ける。


 ミレイアも、完全に勢いを殺せなかった。

 直撃こそ免れたが、脇腹にいい一発をもらう。


 二人同時に墜落し、かろうじて無事に着地する。


 以前戦った、アエーシェマより強いかもしれない。

 それほどまでに強い魔物が、この地にいたとは。


 とはいえ、妙な気分だ。

 殺意こそ感じるものの、魔物特有の嫌な気配がしない。

 モンスターに対して常に受けていた不快感を、この女性は放っていなかった。


「さすがに、表情に余裕がなくなったね」

「そちらこそ、お疲れ気味のご様子で。すぐに安眠させてあげますわ!」


「言うねえ。楽に殺してやる!」

 黒シャツが、ミレイアに突撃する。 


「よせ、リッカ!」

 クーゴンの声がして、黒シャツの攻撃が止んだ。


「んだよ兄貴、いいところだったのによぉ!」

 この女性が、クーゴンの身内?

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