『黒天』のクーゴン
話を聞くため、ミレイアたちはプールから上がった。
お昼前だが、フードコートに立ち寄り食事を始める。
「彼は世界で、『黒天』と呼ばれていたよ」
一行に話をしながら、男爵はフライドポテトをつまむ。
案外俗っぽい味を好むのだなと、ミレイアは思った。男爵いわく、元の世界では普通に出ていた料理だという。男爵の健康状態が気になるが、今はブレイクタイムだ。説得する雰囲気でもない。
焼きそばを食べながら、アメスは目だけを男爵に向けている。
男爵の言葉に、イルマが反応した。
「黒点って、ほぼ魔王って言ってもおかしくない存在じゃないですか⁉」
「そんなにスゴい相手なんですの?」
「世界の半分近くを治めていた、ブラックドラゴンのことです。多くの勇者を返り討ちにしたそうですよ」
彼によって倒された兵隊や勇者は、数え切れない。
「今でこそ彼は、ボクの聖獣としてそばにいてくれている。しかし、最初は彼が一番厄介な相手だったんだ」
男爵が戦った中でも、魔王の次に強かったという。
「クーゴンの生まれ故郷が、このホホヤなんだ」
ならば、ここはクーゴンにとって古巣となる。
「彼を側に置くことは、男爵にとって不利なのでは?」
「いや。クーゴンがブラックドラゴンたちを説得してくれたんだ。人を襲わないようにって」
その代わり、クーゴンは二度と足を踏み入れないと約束したが。
「よくプールの設置許可がおりましたね」
「もう敵対していないからね」
ブラックドラゴンは現在、人類側の敵でも味方でもない。安心こそできないが、無闇に襲ってくることはないだろう。
かつて、魔王に匹敵するほど恐れられていた魔物は現在、テーブルで一人ウイスキーを煽っている。
ピィもアメスも、近づこうとしない。
男爵が、クーゴンのいテーブルに移動した。互いのグラスをカツンと鳴らす。
「どうだい。せっかくだから、里帰りにでも行くかい?」
クーゴンの、ウイスキーを持つ手が止まる。
「もう、何年経ったと思ってるんだい? 向こうも、キミに会いたがっているかもしれない」
「オレの方に、向こうに合わせる顔がありません。手土産もない」
余裕なさげに、クーゴンは語る。振る舞いが、いつもの彼らしくない。
「キミの元気な姿が、いいプレゼントになると思うんだけどね」
「あなたのいた世界なら、そうなのかもしれません。しかし、ここは幻界アフラー。オレが行っても、追放扱いですよ」
かたくなに、クーゴンは首を振った。
「元ヤンが故郷に錦を飾るという風習は、ゴリラも同じだと思いますが?」
「ちょっと、メイド! いい過ぎよ!」
エリザがミレイアをたしなめる。
だが、ミレイアにとっても、この状況は面白くなかった。
いつもの軽口の言い合いがないのは、なんだか調子が狂う。
「あんたなりに気を遣っているんでしょうけど、今はクーゴン様をそっとしてあげましょうよ」
「ワタクシは気遣いなど!」
やはり、本調子ではない。
「ただですね、水着姿のエリザ姫がいるのにまるで無反応とは、少しすね過ぎではありませんの?」
腰に手を当てて、ミレイアは頬をふくらませる。
「ちょちょちょっ! あたしのコトなんていいのよ!」
「いいワケがありません。ゴリラに相手をしてもらいたいと、顔に書いてございまして」
逃げようとするエリザを、ミレイアは強引に隣の席に座らせた。
「はいゴリラ。ヒマなんですわよね? でしたら、お嬢様のエスコートをして差し上げなさいな」
ミレイアがエリザの面倒を、クーゴンに押し付ける。
「ああ、姫。ご気分を害されましたか」
「いえいえ! 久々に水泳なんてしたから、疲れが出ただけです!」
この二人は、これでいいだろう。
「あんたが他人を気遣うなんて珍しいね。ミレイアっち」
シオン博士から、ミレイアは指摘を受ける。
「別に。どうも、嫌味の一言が飛んでこないと調子が悪くて」
「どうだか。あんたも変わったんだよ」
アメスも、シオンの意見にコクコクとうなずいていた。
「そうなんでしょうか?」
「うんうん。わたしはあんたとの付き合いは浅いけど、なんとなく性格は掴めてきたよ。なんだかんだいって、あんたは面倒見がいいから」
どうなのだろう?
「大変です!」
プールの支配人が、慌てた様子で駆けつけた。
「何があったのです?」
イルマが、支配人に話を聞く。
「山にモンスターが! 倒しきったと思ったのに!」
なんでも、観光地に向かって進軍するモンスターたちの群れが、冒険者たちによって目撃されたらしい。
「冒険者が対処していますが、数が多すぎて」
「山からと言っていましたね? どこから来たんです?」
「黒壇の山です!」
場所を聞き、クーゴンが立ち上がった。
「ねえ男爵さま、黒壇の山って?」
「クーゴンの故郷だよ」
ブラックドラゴンの集落が、そこらしい。
「バカな! あそこは中立を守っているはず。どこにも干渉なんてしないはずだ!」
「ですが、事実なんです。ブラックドラゴンの居住区から来ているんです!」
クーゴンが、拳を握る。
「行ってくる!」
「待ちなさいゴリラ。ここはワタクシが」
いきり立つクーゴンを、ミレイアはなだめる。
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