水着選び

「わたくしの?」


 ホホヤなんか、行ったことはないが。

 まったく心当たりがない。

 しかし、ミレイアによって環境に変化が起きたのは事実のようだ。


「キミのおかげで、トゥーリの行動範囲が広がったんだ」


 ミレイアが魔物を退治し続けたことで、近隣の魔物が減った。


 その結果、男爵の活動可能範囲が大きく広がったらしい。


「男爵は、行動範囲が制限されているのでは?」


 王族の指示により、男爵は屋敷から遠い領域へは行けないはずだ。


「王家が便宜を図ったくれたんだ」

「ホホヤの関係者からも、ぜひ利用してくれって頼まれれているんだよー」


 特にホホヤと交易のあった地帯は、もっとも魔物が生息していた場所だった。そこの魔物を蹴散らしたことで、ホホヤは観光地としての機能を取り戻している。


「フードコートで料理なんかも出るから、味見も兼ねて欲しい」


 ホホヤ産の海鮮を、思う存分堪能していいという。


「それは、アメスの方が喜びそうですね」


 ミレイアが横を向くと、アメスが唾液を飲み込んでいた。


「いたれりつくせりですね?」

「王族がくるんだもん」


 シオンによると、これでもかなり予算は抑えたらしい。

 最大限の安全確保だけでギリギリだったという。


「トゥーリ、プールにはみんな連れてこいってさ」


「ほほう。それはありがたい」

 男爵は乗り気だ。


 アメスなど、はしゃぎまわっていた。


 しかし、なぜかクーゴンだけが浮かない顔をしている。 


「泳いだら、感想を聞かせてね」

 お茶を飲んだ後、シオンは自室へ戻った。

 働き詰めだったから、眠ると言い残して。


「ママ、みんなで行っていいってことは、あたしも行っていいの?」

「もちろんです。プールを堪能しましょう」

「やったあ! でも、水着持ってないや」


 アメスは着の身着のままで、祖国を脱走してきた。

 身につけているものや日用品などは、この街で仕入れいている。


「そういえば、ワタクシも水着はありませんでしたわね」


 泳ぐ予定などなかったので、水着など必要ないとばかり。


「オバサン、あなたは水着っぽい格好ですが、水着そのものにはなりませんの?」

 指にはめている魔女『太陽より尊きものオバサン』に尋ねてみた。


『我をプールで発動させたら、一般人が卒倒するで』

「それもそうですね」


 魔女は魔力の塊だ。普通の人が不用意に近づけば、肉体か精神にダメージが及ぶだろう。危険すぎる。


「ではアメス、一緒に水着を見に行きましょう」


「わーい! ママとお買い物!」

 両手をブンブン振って、アメスがはしゃぐ。


「男爵様も、ご一緒にどうです?」

「いや、結構だ。ボクらは温泉だけ入れればいいよ」

「水泳はトレーニングになると思いますが」

「この歳で、水着になる勇気はないかな」


 そこまで断るなら、仕方がない。

 せっかく、男爵の新たな差分が手に入ると思ったのだが。


「ならば、我々に水着を買う許可を」

「二人で楽しんでおいで」

「ありがとうございます。ところで……」


 気になるのは、クーゴンが話に絡んでこないことだ。


「ゴリラに水着は、必要ありませんわよね?」

 軽めのジャブを振る。


「そうだな」

 反応が、そっけない。

 普段ならば、言い返してくる局面なのに? 




 街へ行って、水着売り場へ。


「それにしても、どうしてゴリラは元気がなかったのでしょう?」

「だよね。せっかく故郷のホホヤに帰れるのに」


 クーゴンとよく一緒に仕事をするためだろう。

 アメスは、彼の事情に詳しい様子だ。


 ミレイアではクーゴンと話しても、ケンカになるだけである。

 そもそも、口もきかないが。


「あのゴリラ、ホホヤ出身ですの?」

「そうだよ。ブラックドラゴンはたいてい、ホホヤの出身なんだって」


 温泉に含まれる硫黄成分がウロコに反応して、全身が黒くなるという。


「クーゴンさんは、ブラックドラゴン一家の中でも、一番強いんだって。その次に、妹が強いって自慢してた」


 ゴリラの妹か。


 同じスキンヘッドの女性を、ミレイアは想像した。


「到着しましたよ。遠慮せず好きな水着を選んでくださいな」


 日頃の感謝もあった。

 なにより、アメスの好みを知るという意味もある。


「これがいい!」

 アメスは身体が小さいので、すぐに水着は見つかった。


 あとは、ミレイアの分だけなのだが。


「うーん。ちょうどいいサイズが、ありませんわね」


 大きすぎる胸に合う水着がない。

 あるにはあるが、かわいくないものばかり。

 これでは、男爵の目を楽しませられないではないか。


「ママ、それはちょっとぜいだくだよ」

 呆れながら、アメスがつぶやく。


 周囲の視線も気になった。


「仕方ありませんわね。ほかを当たりましょうか」



「お待ちを、お嬢様!」

 メガネを掛けた壮年の女性が、慌ててミレイアを呼び戻す。


 こちらは使用人の格好をしているのに、やけに腰が低い。



「素晴らしいプロポーションをお持ちですわね。いかがです。当店自慢の水着をご試着なされては?」

 言いながら、店員は三角のメガネをかけなおす。


「実は、センシティブ過ぎてお店に出せない水着がございますの。ですが、あなたならきっと似合うと思いますわ」


「でも、お高いんでしょう?」

 そんなファッショナブルな水着なら、値段も張るだろう。

 男爵にムリはさせられない。


「お代金なんて! ご試着なさるだけで結構ですわ! その代わり、水着を着て当店の宣伝をしてくだされば」

「水着を着れば、アピールになりますの?」

「はい。有名デザイナーですから」


 さっそく、水着を見せてもらった。


「ほほう。これは……」


 これなら、男爵も喜んでくださるに違いない。


 ミレイアは、胸が踊った。

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