第五話 湯けむりメイドの事件簿

例のプール

「テメエ、いいかげんにしろ!」

 朝から、クーゴンの怒号が轟く。


「なんべん言えばわかるんだ⁉ テメエの下着を男爵の前掛けに使おうとするんじゃねえよ!」

 まるで汚いものにでも触れるかのように、クーゴンはミレイアの下着をつまむ。


「コレ以上ない前垂れではありませんか。ワタクシが全力でハネから男爵をお守りするのですよ?」


「女の下着で守られたくなんかねえよ! 人をなんだと思ってるんだ⁉」

 クーゴンが、テーブルに拳を叩きつけた。


「ゴリラには前掛けなど理解できないでしょうけど、男爵様は人間ですから、きっとわかってくださいますわ」


「ボクは普通のエプロンが欲しいなぁ」

 男爵まで悲しいことをおっしゃる。


「テメエ、今日という今日は許せねえ!」

 クーゴンのスキンヘッドに、青筋が立つ。


「ゴリラに因縁をつけられる筋合いなどありませんが?

「いつもいつも、男爵にセクハラしやがって!」


 ミレイアとクーゴンが言い争う中、男爵の側にピィとアメスが立った。


「ママ、クーゴンさんと仲悪いよね? いつものことだけど」

「イヒヒ。似た者同士でヤンスからね」


 クスクスと、ピィが笑う。 


「勝負いたしますの、ゴリラ? あなたとは、いつか本気で決着を付けねばと思っていましたが」


「上等だ表に出やがれ!」

 ジャケットの腕をまくり、クーゴンが立ち上がった。


「どちらが上の立場か、思い知らして差し上げますわ」


 同じく、ミレイアも立ち上がる。

 この単細胞なゴリラを、軽くいなしてやろう。


 そうと考えていたとき、扉が勢いよく開く。


「ようやく完成したよ!」


 ビスタシオン・オジャ博士が、私用から戻ってきた。


「これは、シオンじゃないか」

「やっほっほ。しばらくぶりだったね、トゥーリ」


 手を上げて、男爵の邸宅に顔を出す。


「そもそも、ずっとお留守にして何があったのです?」

「よく聞いてくれたね! 実はさ、この間までずっと公務だったんだよね」

「王族のために仕事を?」

「うん。それが今日やっと終わったわけ」


 遠方で、王族のために何かを作っていたらしい。


「公務なんて、珍しいですわね。王族などの用事からは遠い人物だと思っておりました」


 シオンは気まぐれな性格だ。

 自分が気に入った仕事しかしない。


「面白くってさ、夢中になって帰るのが遅くなった」

「ところで、何が完成したのでしょう?」



「ホホヤ地方に、例のプールを作っていたのさ!」



 一瞬、意味がわからなかった。


「ああ、例のプールを」

 シオンと男爵が、示し合わせたようにうなずく。


「あの男爵様。例のプールとは?」


 ミレイアの知らない情報だ。自分だけハブられるのは寂しい。


「ゴメンゴメン。完成してからのサプライズという約束だったんだ」


 どうも、ミレイアを驚かせようという打ち合わせだったとか。


「公務でね。王家主導でプールの設営を任されていたんだ」

「海水浴では、ダメなので?」


 ホホヤ地方は、港町だ。

 食卓に出る魚も、ホホヤで獲れたものである。

 海水浴に来る客も珍しくない。


「それがねー、王族だけで行くと占領しちゃうじゃん」


 王族は、魔族から命を狙われているためだ。

 攻撃されやすい海などで集まると、どうしても周辺の警備も厚くなる。

 人払いなども当然のように行う。


「今の王様は、それをよく思っていなくてさ」


 国も民も平等に、というのが、現王国の方針だ。


「不憫に思った国王が、プールでも作るかーって考えついたんだよ」


 避暑のために訪れる場合は王族が、普段使いでは庶民にも利用してもらえるようにとのこと。


「どうして、ワタクシにはナイショだったので?」

「当たり前だ。テメエなんかに教えたらセクハラ祭りになるだろ」

「ゴリラは黙っていてください。男爵様に聞いているのです」


 男爵が、立ち上がった。

「ボクが頼んだんだ。黙っておいてくれって」


「どうして、男爵が?」


「キミにサプライズしたくてさ」

「どういうことなんでしょう?」


 質問には、シオンが答えた。


「ミレイアに教えると、絶対男爵を連れて行くって言い出しそうだったからね。黙っておきたかったんだ。こういうスポットできたぞって。だから、出来上がるまでのお楽しみに」


 ミレイアは、よく王族のメイドたちと雑談をする。

 いつも決まって、最終的にハブにされるが。


 その中で、王国領内で特殊な施設が建つという噂は、話題にのぼっている。

 しかし、一向に教えてくれなかった。

 王族直属メイドなら、なにか知っているはずなのに。


 まさか、彼女たちも買収されていたのか?

 魔族と関わっていたら、無理矢理にでも尋問するのに。


「今、怖いことを考えなかったかい、ミレイア?」

「いいえ何も。思い過ごしですわ」


 男爵は笑顔だが、敏い。さすが愛しいお方だ。


「とにかく、完成したからみんなで泳いでほしいんだ。テストをしてほしい」

「いきなり民間人や王族を入れたらさ、問題が発生しても対処できないでしょ? だから、戦闘経験のあるみんなに入ってほしいわけよ」


 魔物は出ないと思うが、用心するに越したことはない。 


 無料で、施設を貸し切りにしてくれるそうだ。


「それは、男爵へのご依頼ですか?」

 シオンは首を振った。

「どっちかっつーと、キミへの感謝かな?」

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