その言葉はワタクシに効きますわ

「へ?」

 呆気にとられたような表情で、男爵が聞き返す。


「ウソついていたバツでございますわ。男爵のアイス、あーんしてくださいませ」


「わかったよ」

 薄茶色いアイスを、男爵は少しだけスプーンですくう。


 ミレイアの唇へ、男爵のスプーンが近づいてきた。


「あーむ」

 顔を近づけて、一口にくわえる。


「子どもみたいな声になっていたよ?」


「んっく⁉」

 不意打ちで指摘されて、ミレイアのポーカーフェイスがほころぶ。


「さっぱりして、程よくほろ苦いですわ。このフレーバーは、ほうじ茶ですわね?」

「よくわかったね。そうだよ。キミの故郷で採れるお茶を、アイスに混ぜたんだ」

「これも、異文化の技術なのですね」


 異文化のなせる技を、ミレイアは口の中で堪能した。上唇に付いたアイスを舐め取る。


「ではトゥーリ様、ワタクシのブルーベリー味もお楽しみくださいませ」


 ミレイアのアイスには、バニラアイスの上にブルーベリーのジャムが掛かっていた。


「ああ。いただくよ」

 男爵が、ミレイアの更にスプーンを突き刺そうとする。


 だが、ミレイアはそのスプーンに自分の手を添えた。


「お返しいたします。ワタクシが、食べさせましょう」

 なんと、ミレイアは添え付けのウエハースをくわえた。

 ウエハースの上に、アイスを乗せる。ジャムも忘れない。


「普段より少々、甘く感じるかもしれませんけれど。んふ」

 ウエハースを口にくわえたまま、ミレイアは男爵へ顔を近づけていく。


 このままいけば、口移し間違いなしだ。


 目を回しながら、男爵は席に座り直す。

「考え直そうじゃないか、ミレイア」


「うん?」

 まるで聞かない。




「んふふ。うーん」

 目を閉じて、ミレイアは男爵に接吻を迫る。




「調子に乗るんじゃねえ!」

 厨房から現れたのは、なんとクーゴンだった。



「あーんクーゴンさんのバカッ!」

「イヒヒ、クーゴン氏を止めるのは至難の業でヤンしたね」


 皿洗いのヘチマを持つアメスと、ワイングラスを拭くピィが、後に続く。


「なんですの、ゴリラさん。いいところでしたのに」

 どさくさに紛れて、ミレイアは自分がかじったウエハースを、男爵の口へ雑にinした。


「んぐ⁉」

 おっかなビックリ、男爵がいそいそと咀嚼して、水と一緒に飲み込む。


「どうもこうもあるか! ずっと尾行して観察していたが、セクハラしかしてねえ!」

「セクハラとは失敬な。ゴリラにはそう見えるだけです」

「尾行していたのは、オレだけじゃねえんだよ!」


 タイトスカートのアメスと、ピィがいる。

 三人とも、ここのスタッフに化けていたようだ。


「知っていましたよ」

「ああん⁉ マジか⁉」

「あれだけ大きな殺気を放っていたら、誰でも気づきます」

「行く先々でセクハラまがいの振る舞いをしてやがったら、誰でも殺気立つってもんだ!」


 言い争っていると、アメスが前に出る。


「ママ、ごめんなさい」


「いいのですよ。心配だったのですよね、アメス?」

 しゃがみこんで、ミレイアはアメスと同じ目線に。


「うん。ママ、ちゃんとデートできてた」


「そうですか」

 立ち上がり、ミレイアは男爵にお伺いを立てた。

「突然ですがトゥーリ様、どうか彼らにも夕食を、お願いできますか?」


「もっ、もちろんだ。みんなもどうぞ座りなさい」



 これでは、二人きりのデートではない。しかし、これでいいのだ。



「ママ、キレイだった」


「ありがとうございます、アメス」

 ジュースのおかわりを、ミレイアはアメスに注ぐ。


「イヒヒ。いい手土産ができたでヤンス」

 野菜ばかりをつつきながら、ピィがビデオカメラを手にクスクスと笑う。


「楽しんでんじゃねえよ……」

 クーゴンだけが、男爵の身を案じているかのようだ。彼はピィとは対称的に、肉ばかりつまむ。


「ごちそうさまでした」


 お行儀よくアメスが手を合わせて、この日の食事会は終了した。




 帰り道、アメスはミレイアの背におぶさりながら、スヤスヤと寝息を立てている。


「ヒールで大変なら、交代するぜ」

「それはどうも。ですが結構です。ゴリラにおんぶされたら、アメスが起きてしまいますわ」


「そうかよ。ならお好きにどうぞ」

 ケッと、クーゴンが離れた。


「今日はどうもありがとう。ミレイア」


「トゥーリ様、もったいなきお言葉」

 ミレイアの頬が緩む。


「お見事です、男爵様。こんなおいしいお料理やお菓子を、開発なさるとは」


「ボクなんて」と、男爵は謙遜した。


「ただボクは、自分が食べたいからアイスを開発しただけだよ。もし、本格的なお菓子職人が転生してきたら、ボクの技術なんてあっという間に駆逐されるだろうね。でも、その方がいいんだ。みんなが幸せになる方がいい」

 欲のない言葉を、男爵はつぶやく。


「時々思うんだ。ボクがこの世界に来なければ、妹は死なずに済んだんじゃないかって」



 男爵が抱えている闇は、想像以上に根深い。


 だが、彼一人が抱えるべき問題ではないはず。



「トゥーリ様、ノブレス・オブリーシュという言葉がございます」

「たしか『社会的地位の保持には義務が伴う』、って意味だよね?」


 正解だと、ミレイアはうなずいた。

「はい。ですが、皆さんに幸福を分け与えたいというお気持ちこそ、大事なのですわ」


 ただ技術があっても、そこに他者への思いやりがなければ。

 他者へのいたわりなき技術提供は、傲慢を生む。

 与えられたものは、単に贅沢を覚えるだけだ。

 それでは、本当の意味で満たされたことにはならないのだ。


「トゥーリ様は求められるべくして、この地に舞い降りたのです。トゥーリ様の優しさは、少なくともワタクシを救いました。ワタクシは、あなたに尽くします」


 それは、これからも揺るがない。



「ありがとう、ミレイア。キミがいてくれてよかった」



「その言葉はワタクシに効きますわ」

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