写真の少女と、太き者《オバサン》
夕飯は、スカイレストランである。
戦争で捨てられた古い塔を国王が買い取って、グルメビルに改造したのだ。
魔法で動く
男爵が、店の前に立つ燕尾服の従業員に頭を下げる。
「えっと、予約した……」
「存じ上げております。トゥーリ・コイヴマキ卿。お待ちしておりました」
従業員に、店の中へ案内された。
しかし、客は自分たちのみ。誰もいない。
「今日は、貸し切りでございますか?」
「いや。まだプレオープンなんだ。ボクはいわゆる、毒見役さ」
従業員の様子を伺うと、「滅相もない」という表情をした。
「陛下のご配慮でございます。『誰も彼の邪魔をしてはならぬ』とのことで」
「ボクは、普通に過ごしたいだけなんだけどね。世間は、それを許してくれないらしい」
そう、男爵はこぼす。
さぞや、窮屈な思いをされているのだろう。
前菜のサラダにスープ、近くの海で取れたエビの豪華版をいただいた。
相変わらず、男爵はカトラリーの扱いに慣れていない。
「実は、デートなんて初めてなんだ」
緊張しちゃって、と苦笑いする。
手の震えを見ると、実際に初めてなのかもしれないが。
「ご冗談を。お写真の方と仲睦まじく」
「そりゃあ仲はよかったよ。妹だし」
フォークが止まる。
「失礼いたしました。そんなことだとはつゆ知らず」
「いいんだ。ボクも話さなかったしね」
悲しげな微笑みが、彼に何があったのかを物語っていた。
「では、妹様とこの世界に飛ばされたと?」
「そうだよ。ボクがここに来たのは、一七のときだった。妹は、一四で」
二人は力を合わせて、魔王に挑んだ。両者とも生き残ったのは、奇跡に近い。
「では妹君は、魔女と手を組んでいたと?」
「そのとおりだよ。乗っ取られかけたけど」
ここから先は、魔女に問いかけたほうがいいだろう。
「魔女【
『【
「どうして?」
『とどめを刺せへんかってんもん』
この魔物は性根が悪くない、と。
他の魔物は殺したが、アジ・ダ・ハーカは話が通じると思ったという。
男爵の妹は、武器として魔女を飼いならす。自らの魔力を食わせて。
どれほどのポテンシャルだったのか。
戦いの最中、妹君は王族の親戚筋と結婚したそうだ。しかし、子どもを生んですぐにまた戦場へ戻ったという。子どもを夫に任せて。
「妹君は、今?」
聞いていいのだろうか。
しかし、問いかけてしまった。
好奇心からではない。
吐き出してもらわねば、男爵も辛いのではと思って。
「亡くなった。でも、孫がいる。ボクの唯一の血縁者だ」
しかし妹君の夫は、やはり男爵に対して複雑な思いを抱いているという。
男爵も、孫に会うことは自粛しているとか。
「湿っぽくなったね。話題を変えよう。窓の外を見てごらん」
ミレイアは男爵に促され、ガラスの向こうに目を移す。
ガラス窓の向こうに、景色が見えた。
ランプの灯りが、道沿いに連なっている。
煙突からは煙が上がり、のどかな街を彩っていた。
獲物を担いだ冒険者たちが、ガハハと笑いながら酒場へ消えていく。
これから収穫を肴に一杯やるのだろうか。
「トゥーリ様は、この景色を見せたくて、わたくしをここへ?」
「この外の景観を見てよ。コレ全部、あなたが守った街なんだよ」
男爵は、「ありがとう」と頭を下げる。
「ポーラ・ソニエール姫なんだけどね、彼女はヴァルカマ王族の親戚筋なんだ。エリザベート騎士団長の幼馴染だ」
なるほど、それでソニエール国の大臣が、「男爵の待遇をよくする」と言ってくれたのか。
「本来ならあの魔族は、ボクが戦わなければいけない相手だった」
トゥーリは王族から、行動を制限されている。
一つは魔族の迎撃のため、もうひとつは男爵自身を保護するためだ。
それゆえ、特別な待遇も許されているらしい。
レストランの予約も、本来は王家が気を遣ってくれたのだろう。
「ワタクシは、男爵のために戦う所存です」
「キミが無理をする必要はないんだ。ボクにだって、多少の無理は利くんだから」
「ご無理は、他の方になさってくださいまし」
男爵が驚いた様子になったを、ミレイアは見逃さなかった。
「やはりですね。男爵はワタクシが討伐に向かった後も、街のケアをちゃんとなさっていますのね?」
ミレイアだって、街の治安や整備が行き届いているのは分かっている。
それはおそらく、自分が留守中に男爵が手配しているからだろう。
通信した時、アメスが「男爵は手洗いで離れている」と言っていたので、ピンときた。
メイドが危険な魔物を相手にしている時に、のんきに手洗いなどするような人物だろうか。
もしそんな人物なら、自分は仕えていない。
「お礼を言うのは、こちらなのですよ。トゥーリ様」
「ミレイア、まったくキミってやつは」
イタズラがバレた子どものように、男爵は照れる。
「ささ、デザート食べよう」
料理のシメに、アイスクリームが出された。
ミレイアは、スプーンに手を付けない。
「どうしたの?」
「食べさせてくださいまし」
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