写真の少女と、太き者《オバサン》

 夕飯は、スカイレストランである。


 戦争で捨てられた古い塔を国王が買い取って、グルメビルに改造したのだ。


 魔法で動く昇降機エレベーターを使って、一〇階建ての塔を登った。


 男爵が、店の前に立つ燕尾服の従業員に頭を下げる。


「えっと、予約した……」

「存じ上げております。トゥーリ・コイヴマキ卿。お待ちしておりました」


 従業員に、店の中へ案内された。


 しかし、客は自分たちのみ。誰もいない。 


「今日は、貸し切りでございますか?」

「いや。まだプレオープンなんだ。ボクはいわゆる、毒見役さ」


 従業員の様子を伺うと、「滅相もない」という表情をした。

「陛下のご配慮でございます。『誰も彼の邪魔をしてはならぬ』とのことで」


「ボクは、普通に過ごしたいだけなんだけどね。世間は、それを許してくれないらしい」

 そう、男爵はこぼす。


 さぞや、窮屈な思いをされているのだろう。


 前菜のサラダにスープ、近くの海で取れたエビの豪華版をいただいた。


 相変わらず、男爵はカトラリーの扱いに慣れていない。


「実は、デートなんて初めてなんだ」

 緊張しちゃって、と苦笑いする。


 手の震えを見ると、実際に初めてなのかもしれないが。


「ご冗談を。お写真の方と仲睦まじく」


「そりゃあ仲はよかったよ。妹だし」



 フォークが止まる。



「失礼いたしました。そんなことだとはつゆ知らず」



「いいんだ。ボクも話さなかったしね」


 悲しげな微笑みが、彼に何があったのかを物語っていた。


「では、妹様とこの世界に飛ばされたと?」

「そうだよ。ボクがここに来たのは、一七のときだった。妹は、一四で」


 二人は力を合わせて、魔王に挑んだ。両者とも生き残ったのは、奇跡に近い。


「では妹君は、魔女と手を組んでいたと?」

「そのとおりだよ。乗っ取られかけたけど」


 ここから先は、魔女に問いかけたほうがいいだろう。


「魔女【太き者オバサン】、たしか、本名はアジ・ダ・ハーカでしたか。そのあたりはどうなのです?」


『【太陽より尊き者オーバー・ザ・サン】な。せや。我はトゥーリの妹と一騎打ちしてな、負けてん。で、手を貸すことにした』


「どうして?」



『とどめを刺せへんかってんもん』



 この魔物は性根が悪くない、と。


 他の魔物は殺したが、アジ・ダ・ハーカは話が通じると思ったという。


 男爵の妹は、武器として魔女を飼いならす。自らの魔力を食わせて。

 どれほどのポテンシャルだったのか。


 戦いの最中、妹君は王族の親戚筋と結婚したそうだ。しかし、子どもを生んですぐにまた戦場へ戻ったという。子どもを夫に任せて。


「妹君は、今?」

 聞いていいのだろうか。

 しかし、問いかけてしまった。


 好奇心からではない。


 吐き出してもらわねば、男爵も辛いのではと思って。


「亡くなった。でも、孫がいる。ボクの唯一の血縁者だ」


 しかし妹君の夫は、やはり男爵に対して複雑な思いを抱いているという。


 男爵も、孫に会うことは自粛しているとか。


「湿っぽくなったね。話題を変えよう。窓の外を見てごらん」

 ミレイアは男爵に促され、ガラスの向こうに目を移す。


 ガラス窓の向こうに、景色が見えた。

 ランプの灯りが、道沿いに連なっている。

 煙突からは煙が上がり、のどかな街を彩っていた。

 獲物を担いだ冒険者たちが、ガハハと笑いながら酒場へ消えていく。

 これから収穫を肴に一杯やるのだろうか。


「トゥーリ様は、この景色を見せたくて、わたくしをここへ?」

「この外の景観を見てよ。コレ全部、あなたが守った街なんだよ」


 男爵は、「ありがとう」と頭を下げる。


「ポーラ・ソニエール姫なんだけどね、彼女はヴァルカマ王族の親戚筋なんだ。エリザベート騎士団長の幼馴染だ」


 なるほど、それでソニエール国の大臣が、「男爵の待遇をよくする」と言ってくれたのか。


「本来ならあの魔族は、ボクが戦わなければいけない相手だった」


 トゥーリは王族から、行動を制限されている。

 一つは魔族の迎撃のため、もうひとつは男爵自身を保護するためだ。

 それゆえ、特別な待遇も許されているらしい。

 レストランの予約も、本来は王家が気を遣ってくれたのだろう。


「ワタクシは、男爵のために戦う所存です」

「キミが無理をする必要はないんだ。ボクにだって、多少の無理は利くんだから」

「ご無理は、他の方になさってくださいまし」


 男爵が驚いた様子になったを、ミレイアは見逃さなかった。


「やはりですね。男爵はワタクシが討伐に向かった後も、街のケアをちゃんとなさっていますのね?」


 ミレイアだって、街の治安や整備が行き届いているのは分かっている。

 それはおそらく、自分が留守中に男爵が手配しているからだろう。


 通信した時、アメスが「男爵は手洗いで離れている」と言っていたので、ピンときた。


 メイドが危険な魔物を相手にしている時に、のんきに手洗いなどするような人物だろうか。

 もしそんな人物なら、自分は仕えていない。


「お礼を言うのは、こちらなのですよ。トゥーリ様」


「ミレイア、まったくキミってやつは」


 イタズラがバレた子どものように、男爵は照れる。


「ささ、デザート食べよう」


 料理のシメに、アイスクリームが出された。



 ミレイアは、スプーンに手を付けない。




「どうしたの?」




「食べさせてくださいまし」

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