限界枯れ専メイドを見守る会

 そんなミレイアと男爵を見守る、三匹の聖なる魔物たちが。


 耳が隠れていないことも構わず、アメスは様子を伺う。



 荷物を持つ持たないで、ミレイアと男爵が話し合っていた。

 結局「アイテムボックスに入れたら重量を気にしなくていいじゃん」と、結論に達したらしい。



「ケッ。なんだって尾行なんて」

 建物の壁にもたれながら、ブラックドラゴンのクーゴンが腕を組む。


「ママ、うまくやれるかな?」

 着替えのときも、ミレイアはソワソワしていた。

 セットが決まらないと、髪を結んでは解くという作業を延々と続けていたのを思い出す。


「イヒヒ。心配ご無用でヤンス。ねえ、師匠」

 通信用のカフスボタンに、ピィは語りかけた。


『もち。今のミレイアは、ワタシらの尾行にさえ気づかないよ』

 別件でデートに同行できなかったシオンが、太鼓判を押す。


 シオンの言うとおりだ。


 ミレイアは気が緩んでいる。もうスライムのようにユルユルだ。

 あんなヘラヘラしたミレイアは、男爵と睦言を行う夢を見たときくらいだろう。


 毎晩「グヘヘ」という奇声で、アメスは目が覚める。

 起きている状態で、あんな浮ついたミレイアは初めて見た。


「なんか、屋台でなにか買うみたい!」

 ミレイアと男爵が、クレープを買っている。


「ここはクレープが美味しいのでヤンス、イヒヒ」

 さすが王都だ。真新しいものが多い。


「エリザ姫が、あちこちの街に魔物討伐に行くだろ。その際にレシピを集めてくるらしい。だから、ヴァルカマはグルメ情報が豊富なんだよ」


 かくいうクーゴンも、エリザ姫からお茶に誘われたりしていた。

 男爵の世話があるからと断っているが。


「たまには、姫様といっしょに行ってあげたらいいじゃん」

「バッカ。男爵を置いて行けるかっての」

 クーゴンが、大きな声を出す。


「ちょっとクーゴンさん、シッ!」

 アメスが、口に指を当てた。


「んだよ」

 すねたクーゴンが、腕を組む。


「イヒヒ。幸い、気づかれてないようでヤンス」



 三人の聖獣に見られているとも知らず、ミレイアは口をクリームまみれにしていた。



「ミレイア、顔をこちらに」

「ひゃん」


 男爵がハンカチで顔を拭いてあげている。


「ママ、子どもみたい」

 微笑ましく、アメスは見つめていた。


 いつもは自分が口の周りを汚しては、ミレイアが拭ってくれる。

 立場が変わったみたいで、アメスは愉快だった。


「イヒヒ。普段のお嬢からは想像もつかないでヤンスね」

『ミレイアも人の子、ってワケよ』


 ビデオカメラを構えながら、ピィがニヤニヤする。


「行ったみたいだよ。クーゴンさん、味見しに行こうよ」


「なんでだよ?」

 クーゴンが、眉間にシワを寄せた。


「だって、クーゴンもエリザ姫さまとデートするんでしょ? 乙女はエスコートしてナンボだよっ!」

「どうしてそういう発想に行き着くんだよ⁉」


 アメスが指摘すると、クーゴンがのけぞる。


 クーゴンとアメスが言い合っていると、アメスの腹時計が鳴った。


「屋台に行くでヤンス。今日は朝食は控えめでヤンしたからね。イヒヒ」


 ピィの提案により、三人でクレープ屋台に向かう。


「おいしい。フワフワ!」

 未知の料理を口にして、アメスの耳がピコピコと動く。


 クーゴンも味見と称して、甘味を堪能していた。


「やっぱ好きなんじゃん、甘いもの」

「うるっせ。客人を迎えるにあたって、相手の好みを把握しておく必要があるってだけだ。好き嫌いで判断してるわけじゃねえんだよ」

「言い訳」

「てんめ」


 アメスとクーゴンが言い合っているうちに、ミレイアたちを見失いそうになる。


「追うぞ」

 クーゴンが足早に、男爵たちを追跡した。


「なに? 乗り気じゃなかったのに」

 速歩きで、アメスもついていく。


「二人きりにしたら、あのヤロウ、何を始めるかわからねえ。さっきも安宿に連れ込もうとしていたし」

「お休みしたかったんでしょ?」

「意味がちょっと違うんだよ。子どもにはまだ説明が早えか」


「うーん?」

 アメスは首をかしげた。


「イヒヒ。限界化も近いでヤンスね」

「げんかいかって、なに。ピィさん?」


 聞き慣れない言葉である。


「イヒヒ。感極まって痛々しさが限界を迎えたマニアって意味でヤンス」


 なるほど、いつものミレイアになると。


 ミレイアたちは、馬車で観光地域を一周するようだ。


 馬の速度くらいなら、自分たちでも追いつける。


 一時間後、ミレイアと男爵は、テラスでシーフードの昼食を摂った。


 姿を見られるわけにはいかない。屋台のケバブで昼を済ませる。


 昼以降は、美術館を歩いた。


 アメスにはやや退屈だったが、ピィには刺さるものがあったらしい。アゴに手当ながら、作品一つ一つに感心している。


「ほお、尊いでヤンスね。イヒヒ」

 女性二人がお花畑で遊ぶ絵を見て、ピィが興味深げに多方面から眺めていた。


「可愛い柄だとは思うけど」



「わからぬでヤンスか? 片方はシロツメグサを摘んで多間を作るのに夢中なんでヤンス。もうひとりの方は、声をかけたくて攻めあぐねているでヤンス。この図式を周囲を飛んでいるチョウに見立てているでヤンス。ついていきたいのに先先飛んでいってしまうチョウにでヤンス」



 意味不明な説明を、アメスは右から左に受け流す。


 クーゴンが、アメスの肩に手を置く。

「これが限界化ってもんだ」



 わかる。いつものミレイアにそっくりだ。

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