番外編 枯れ専メイドの休日
深刻なダンシャクニウム不足
ポーラ姫がくれた赤いドレスを着て、ミレイアは男爵と街を歩く。
ドレスはベアトップであり、ミレイア自慢のFカップを存分に主張した。
トップに咲くワンポイントのバラが、胸へ行く視線を遠ざける。
オフショルダーで生地が少ない分、下着も新調した。
スカートは、前がミニで後ろがロングである。裾にも、小さなバラの装飾があしらわれていた。
譲ってもらった品ではない。イチから仕立ててくれた。
「夢のようですわ。こうして、デートできるなんて」
男爵と腕を組みながら、ミレイアはハイヒールを鳴らす。足元も、ドレスに合わせて赤にした。
デートと言っても、コースはヴァルカマ王国領内に限定されるが。
魔物ハンターという任務を持つトゥーリ男爵は、弱い魔物が寄り付かないほどの存在感を放つ。
とはいえ、男爵は魔界との境界に住む見張り役だ。ヴァルカマの領内から出ることが許されない。
「すいません。せっかくのデートなのに」
遠慮がちに、男爵は告げる。
「何をおっしゃいます。今日は楽しみましょう」
魔物退治ばかりで、最近は男爵と触れ合う機会がなかった。深刻なダンシャクニウム不足だったところだ。まさに、渡りに船である。
「じゃあ、今日は気にしないでくれ。あなたの行きたいところへ行こう。ヴァルカマ限定ではあるけれど」
「やっ……コホン。ありがとうございます、男爵」
思わず「やったぁ」と飛び上がりそうになった。慌てて、ミレイアは取り繕う。本当に、今日のミレイアはどうかしていた。
「きょ、今日は」
「はあ」
「今日だけ、男爵とメイドという関係は、やめにしようよ。今日のわた……ボクたちは、トゥーリとミレイアだ」
驚いて、ミレイアは反論する。
「そうは参りません。ワタクシはメイド。男爵様を気遣い、ともに歩むことが使命」
「使命を、今日だけは取り払おうじゃないか。今だけは、二人だけなんだから」
「だ……トゥーリ様がそうおっしゃるのなら」
ご命令とあれば従う。それがメイドだ。
「上下関係を気にせず、普通に振る舞え」というなら、そうするまで。
「ではトゥーリ様、あちらに連れ込み宿がございます。あそこで休憩と致しましょう」
「まだ五分も歩いていないのに休憩するの⁉」
丁重に断られる。
せっかく今日は赤いドレスに合わせて、黒の勝負下着にしたのだが。
「では、なにをすれば」
デートと言えば、ウィンドウショッピングなんだろう。
しかし、おねだりしてもよいものなのか?
贅沢品をせがんで、迷惑になってしまうのでは?
ふと、化粧品売り場に目を移す。そこは日用品も充実していた。
ミレイアが男爵のために石けんやタオルを買うのも、ここだ。
「たしか、あれは」
温泉街で売られている、石けんだ。
たしか、ハーブと米ぬかを混ぜているらしい。
男爵が故郷から持ち込んだ技術を用いて完成したという。
お肌がスベスベになるとか。
「温泉街と言えば」
男爵に聞かれないように、ミレイアはひとりごちる。
ヴァルカマ王城に勤めているメイドたちが、温泉街で作られた惚れ薬を話題にしていたことがある。
自分も試してみたいと、ミレイアも会話に混ざってみた。
しかし、「ごめんあそばせ。この惚れ薬、三人分ですの」とイジワルされ、歯痒い思いをしたものだ。
一度でいい。せめて、石けんだけでも使ってみたい。
しかし、自分たちが使っているものより値が張る。
「ほしいのかい?」
「あ、いえ」
そんな顔をしていただろうか。
物欲しげにうっとりして情けない。
やはり、気が緩んでいる。自分は男爵に仕える身だというのに。
「買って帰ろうかな」
ガラスの扉を開けて、男爵は店に入ってしまった。
「あ、あの、ちょっと!」
慌てて、ミレイアも店内へ。
ハーブのいい香りが、店の中に溢れている。
思わず立ち止まり、ミレイアは香りを堪能した。
「失礼する。土産を頼みたいのだが」
年配の女性店主に、男爵は声をかける。
「ありがとうございます、トゥーリ様。どちらをお求めでしょうか?」
「この石けんなんて、どうだろう?」
男爵はすぐに、ミレイアがほしい品を言い当てた。
どうして、わかったのだろう? そんなにわかりやすい表情をしていたか?
「さすが、お目が高い。お土産品として大変喜ばれる品でございますよ」
「ありがとう。包んでもらえるかい?」
「かしこまりました。そちらの奥様へでございましょうか?」
「お、おおく」
思考が止まる。
ミレイアは、どうにか言葉をつなごうとするが、脳と口が正常に伝達しない。
「い、いえ。ワタクシは」
まるでからくり人形のように、抑揚のない言葉が口から出てくる。
「ああ。お願いするよ。大切な人への贈り物なんだ」
男爵は、手持ちの冒険者カードを、レジにある金属板に当てた。
「ピピ」という音がなり、生産が終了する。
この世界では、身分証があれば決済ができるのだ。
いちいち小銭を計算する必要がない。
大金となると持ち歩けない上に、金銀銅貨などの価値基準も違う。
なので人々は、稼いだ金の大半は銀行に預けている。
男爵の誕生によってこの世界に最ももたらされた改革は、キャッシュレスの時代到来といえよう。
そのせいで、男爵は元々の既得権益集団から、命を狙われているのだが。
「承知いたしました」
すべてを察したように、店主は作業を始めた。
店主には、自分たちはどう映っているのだろう。
恋人同士? 親子? まさか、不倫だと?
「ありがとう。ステキなプレゼントができたよ」
ミレイアの気持ちを知ってか知らずか、男爵はラッピングに喜ぶ。
「お買い上げありがとうございます」
金額を確認し、店主は頭を下げる。
「よいバスライフを。お・く・さ・ま」
ミレイアにウインクまでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます