色即是空(第四話 完)

 二日後、ミレイアはソニエール城内の医務室へ向かった。

 厳密には、アニタに会いに来たのだ。


 トゥーリ男爵には、「同業者として心配なので、見舞いに行く」と伝えてある。

「報酬もついでに受け取ってくる」とも。


「失礼いたします」

 ノックしてから、ドアを開ける。


 ミレイアの顔を見て、アニタが驚きの顔に。


「やはりあなたは、ミレイア・エルヴィシウスだったか」


「今更隠しても、仕方ありませんゆえ」

 フードを髪の後ろに回し、ミレイアは木の丸椅子に腰掛ける。


 今のミレイアは、魔女に頼んで認識阻害を解除してもらっていた。

 つまり、元のミレイア・エルヴィシウスの姿をしている。


 短い丈に浅いスリットが入った聖女の正装「長衫ちょうさん (いわゆるチャイナドレス)」は、アニタとおそろいだ。

 アニタは頭部にシニョンを二つしている。


「なんとも、複雑な気分ですわ。別の人物を見ているようですわ」


 いつぶりだろう。直ぐ側にある姿見にミレイアは顔を写す。


 ミレイア本来の髪は、短い。

 背丈も顔立ちも、まだ少女の面影がある。


 それでも、アニタのほうがずっと幼いが。


 アニタは一見すると、とても聖女の修行をしているふうには見えない。酒場か宿屋の看板娘と言ったほうが通用する。


 それに比べると、ミレイアは修羅場をくぐり抜けすぎた。

 ゴツゴツした手の甲や指の関節などは、隠しきれていない。


「王子とポーラ姫が、世話になった」

 アニタが、頭を下げた。


 黙って、ミレイアはアニタが預かってくれていた報酬を受け取る。

「聞きますが、あなたはオーレリアン様ではなく、ポーラ様に雇われたのですね?」


「ああ。そうだが」


 オーレリアン王子は、アニタを「さん」付けしていた。

 自分の配下や召使いを「さん」付けはしないだろう。

 そう踏んで聞いてみたが、やはりアニタは姫の従者だったようだ。


「あなたが察している通り、ソニエールにあなたの存在を伝えたのは私だ」


 最強の聖女『ミレイア・エルヴィシウス』なら、この問題をすぐさま解決してくれるだろう、と。


「でも、ワタクシが来た」


『ミレイアという強い女性を探している』としか、エリザ姫に伝えていなかったから。



「ガッカリなさいませんでしたか?」



 アニタは首を振る。

「王や大臣は、呆気にとられていただろうな。しかし、私はあなたが来てくれて、うれしかったよ」

 絶対的な信頼を、アニタはミレイアに伝えた。


「これで、あなたはエルヴィシウスに帰れそうですね」

「ああ。お役御免だ」


「どうぞ、エルヴィシウスに報告なさっても結構ですわよ。戻る気はありませんが。強引に連れ帰ろうとするなら、返り討ちに致します所存」


 アニタは首を振った。

「救い主に、恩を仇で返すようなマネはできんさ」


 フッと笑い、アニタは直後に真面目な顔になる。

「ミレイア。あなたはまだ、メイドを続けるのか?」


「ええ。男爵様は仕えるに値する人物ですわ」


「私は、あなたの将来に口を挟める立場ではない。しかし、どうして身分を隠してまで、実らぬ恋愛に生きるのだ? 素直に正体を明かして、接してもらえば男爵も心を開いてくれるはずだろ?」


「それでは意味がないのですわ」


 もしミレイアが公爵令嬢の身分を明かせば、男爵に遠慮が入ってしまうかもしれない。


「公爵令嬢に見初められているのだ。相手だって、悪い気はしないだろう。エルヴィシウスからも、反対意見は出ないと思うぞ」


 跡継ぎがほしいだけなら、今のうちに子種だけでも手に入ればいいだろう。


「認識阻害をしていれば、中身を見てくださるでしょ? 外見や身分ではなく、ワタクシの心を試していただきたいのですわ」



「色即是空……か」



 エルヴィシウスの初代聖女ミフネ・コージの言葉だ。


 たとえミレイアが侯爵の娘でも、それは仮の姿である。本質は不変ではない。


「あなたはミレイアという一個人として、愛してほしいのだな?」


 そのとおりである。


「この世は、不変ではありませんわ。いつか振り向いてくださるでしょう」


「受け入れてくれるといいな」


「では、男爵を待たせていますので」



 部屋を出た後、ミレイアは煉獄タクシーで男爵の待つ屋敷へ。

 タクシーの中で、ミレイアはいつもの顔に戻った。


『我になにか、聞くことはないか? この間から、特に話しかけてけーへんんけど?』

 指輪に潜む魔女『アジ・ダ・ハーカ』が、ミレイアに声をかける。


「今は、あなたを信頼しますわ。ディザスター共々」


『ディザスターとはケタが違うで、我の魔力は』

 自身の存在感を示すように、魔女はミレイアを脅す。


「心得ております。ですがワタクシはどうしても、あなたを憎みきれませんの。魔族とはいえ」


『さよか。ほんならええわ。せやけど、後悔しても知らんで』

 魔女は、おとなしくなった。





「おかえり、ママ!」

 さっそく、アメスが元気よく迎えに来てくれる。


「どうだった、ミレイア。アニタ氏の様子は?」

 男爵が尋ねてきた。


「大事ありませんでした。一日あれば復帰できるそうです」

 ミレイアは、もらった報酬を確認する。


「わ、キレイ!」

 アメスが、ドレスケースを開けて大声を上げた。


 受け取った報酬の中には、真っ赤なドレスも。


 あまりの綺麗さに、ミレイアでさえ心を奪われそうになる。


 ポーラ姫からの贈り物だった。


「ミレイア」


「は、はい」

 まじめな視線を向けられ、ミレイアはかしこまる。



「今度、デートしましょう。その服を着て、街へ出ようか」



「くぁwせdrftgyふじこlp⁉」



 さっそく、関係性が不変になった。色即是空、バンザイ。


(第四話 完) 

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