長く、苦しい戦いでしたわ。 ―暗黒城 二周目?―

 ピンク色の肉壁が、脈打つ。空気が生温かい。まるで胃袋の中にいるようだ。


「逃さねえ。今のお前は、オレっちの体内にいるも同じなんだよ!」

「なるほど、この城そのものが、ルドラというわけですね?」


「そうだ。テメエだけは、オレっちの力で倒す」

 ルドラが、ミレイアを睨みつける。

「大したやつだよ、魔女。お前は。忌々しいくらいに」


「底意地の悪さは、そこいらの魔族とは引けを取りませんので」


「だが、あんな程度でオレっちがくたばるとでも思っていたのかよ! さあさ、はじまるぜえ、二週目がなあ!」


 冗談ではない。こちらはさっさと帰るに限る。


「放っておきましょう」

 ミレイアは、冷淡に背を向けた。


「おいおいおいおいおい! 待てやコラ! これから真の恐怖が始まるってのによお!」

 もう一体のルドラが、ミレイアの前に。


「侯爵の驚異は消え去っても、オレっちを倒さねば世界は瘴気に侵食される!」

 またもう一体が。


「水や畑は腐り、鳥や家畜の死に絶えるんだ! 死の大地が広がっていくんだぜぇ!」

 高らかと、ルドラが状況を解説する。


「まだわからないのですか? 真の恐怖が始まるのは、あなた方の方です」

「なんだと⁉ ぐおおお!」


 巨大な爪が、窓を突き破った。


「何が起きてやがる⁉」


 黄金の手のひらが、王の間どころか城そのものを崩壊しつつある。


「な、何事……てめえは⁉」


 窓の向こうにいた人物に、すべてのルドラが怯えだす。


「ディザスターだと⁉」


 現れたのは、ディザスターの上半身のみだった。

 手のひらだけでも、巨大な暗黒城を包み込める。こ

 れが、本来持つディザスターの全長だ。


「よう、魔女の嬢ちゃん。また会ったな」

 魔神ディザスターの白目が、暗黒城の窓を覗き込む。


「ごきげんよう。ディザスター」

 腰を抜かすルドラを通り過ぎて、ミレイアは窓に向かって一礼した。


「ソニエールにて腐食魔法の準備は進んでいると、あなたもご存知だったはずですが」


 ルドラにタイムリミットがあったように、ミレイアにリミットがあったのである。


 腐食魔法『ディザスター召喚』の。


「ソニエールの王様には、『王子がご帰還後、ワタクシの身を気にせず放て』と話を通しておりました。それが、発動しただけのこと」


「バカな⁉ てめえも巻き添えになるんだぞ!」


「御冗談を。これの召喚を手助けしたのは、ワタクシですので」


 腐食魔法で萎えるほど、ヤワな鍛え方をしていない。また、自分とディザスターは―強敵ともだ。


「ではディザスターさん、ごきげんよう」

 ミレイアが暗黒城から飛び去った。


 帰り道は、煉獄を通れば済む。


 この城だって、煉獄を使って顕現していたのだから。


「おう。たっぷりとオレの腹の中でダンスさせてやるよ」

 刹那、ディザスターの巨大なアゴが城を丸呑みする。


「IGAAAAAAAAA!」

 断末魔の声を上げながら、ルドラはディザスターのアゴに喰いつぶされた。

 これから一生をかけて、ディザスターの腹の中で溶かされるだろう。



「あなたに二週目の人生など、送らせません」



 煉獄を通って、ソニエールに到着した。


「おかえりなさい、ミレイアさん。無事に逃げられたのですね?」


「いいえ。ちゃんと倒してきましたわ」


 腐食魔法を浴びせただけだが。

 城の魔道士全員より、ミレイアの魔力のほうが大きかっただけである。


「どうだったの、暗黒城は?」



「長く苦しい戦いでしたわ」



「どこがよ⁉ ぶっちぎりだったじゃない⁉」


 何を言うのか。男爵の顔を見ない時間は永遠とも思えた。


「一時間どころか、一五分ですべてを終わらせちゃいましたね」

 懐中時計を見ながら、イルマが呆れ顔になる。


 イルマの報告によると、ソニエール一帯にいた魔物から瘴気が消えたという。


「きっと、王子の剣が力を取り戻したことによって、魔物たちがおとなしくなったんじゃないかしら」


 これからは並の冒険者でも、狩りが可能になるだろうとのことだ。


「ではオーレリアン王子、ポーラ姫もお元気で。ただ、一つお願いが」

「はい。どうぞ」

「わたくし、これから直帰させていただきたいのですが」


 王子たちが、呆気にとられる。

「そんなお願いですか?」


 王子だけではない。

 国王や大臣も、ミレイアをねぎらってくれるつもりだったのだろう。城へ案内しようとしていた。


「重要なことなのです。こちらも、男爵様を待たせておりますゆえ」


 早く、男爵成分がほしい。

 城に戻って報酬を受け取るなら、後払いで結構だ。

 色々準備が必要だろうし。


「ならば、仕方ありませんね。承知しました。このままお帰りください」

「ありがとうございます、王子」


 ミレイアは、王子と二人きりにさせてもらう。


「お見事でした、オーレリアン王子。今後はご自身の力で、世界をお救いくださいませ」


 もう王子には、その力が備わっている。そのために鍛えたのだ。


「ご無事で、ありがとうミレイアさん……いえ、ミレイア・エルヴィシウス姫様」


 やはり、知っていたか。


「アニタさんは、ずっとあなたの武勇伝を語ってくださったので」


 あれだけヒントを与えたのだ。知られて当然だろう。


「王子。この件は、どうかご内密に」

「心得ております。では」


 オーレリアンなら、信頼できる。

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