痴女・Beginning ー広間~礼拝堂ー
広間に入ると、掃除中のメイドに声をかけられる。
「ようこそ」
ゾンビメイドが、青白い顔で笑顔を向けた。
「ドーモ、ミレイアです」
相手に敵意を感じない。メイドを無視して、ミレイアは先を急いだ。
「あらあら」
メイドたちが集めていたゴミが、宙を舞う。
天井のシャンデリアに、集まったゴミが形をなす。
広い天井を覆い尽くす翼を持った、オオコウモリの姿に。
「最初から難敵登場だな、おい?」
天井にあるモニターから、ラファイエット侯爵の顔がドアップで映し出される。
『痴女VSコウモリ、ファイ!』『これはさすがに痴女でも苦戦するか?』
画面には、ミレイアを茶化すコメントが大量に流れていた。
魔界の住人が視聴し、楽しんでいるのだ。
コメントは、彼らの心の声である。
「一度吸い付かれたら、骨になるまで||げげぇ⁉」
ミレイアはコウモリに一瞥もくれてやらず、一撃のもとに叩き伏せた。天井から降りるヒマさえ相手に与えず。
白骨化したコウモリの死骸を、青白い顔のメイドがホウキで掃いた。
「相手が骨になったのですが?」
「て、てめえ⁉」
「侯爵。ワタクシを見くびらないでくださいませ」
廊下を進み、ミレイアは行く手を阻む敵たちをムチで血祭りにあげていく。
『いやー、オオコウモリは強敵でしたね』『本日の出落ち』
流れているコメントも冷淡だ。
「あのー」
「なんでしょう?」
「さっきから、何もしていないのにレベルアップしているのですが」
透明な球体の中で正座しながら、オーレリアン王子が問いかけてくる。
王子のまとうヨロイが、『レベルアップ!』と口うるさく叫んでいた。
「球体からも出られないようですが」
「特殊な魔法を施しています」
外部からの攻撃を遮断するだけではない。
王子が内部から攻撃しても、壊れない仕掛けになっている。
無敵であり無害だ。
「あなたには大事な仕事がございますので、しばらくおとなしくしていてください」
「なぜです? 侯爵を倒せるのは、ボクしかいません。あなたも身の危険を感じたら、お逃げください。なにか、帰らなければならない事情がおありのようですから」
帰る用事ならある! お夕飯まで待てない!
きっと男爵もお腹をすかせているに違いない。
ピィがいるし、アメスも料理上手だから問題なかろう。
しかし、そういう問題じゃない。
自分が作る、自分が尽くすことに意味がある。
「その武器は、聖剣『青い鋼鉄の意志』ですわよね? 大事になさってください」
「ああ、はい。よくご存知で」
大事そうに、オーレリアン王子は青白く光る鞘を撫でる。
「ダラスの聖剣と言えば、冒険者界隈で知らぬものはおりません。おそらく、あなたはおびき寄せられました。聖剣を狙って」
侯爵の狙いは、おそらく王子の聖剣だ。
これさえなくなれば、侯爵に怖いものはなくなる。
王子が未熟なうちに我がものとしたかったのだろう。
そうはいかない。王子を強くしておく必要があるのだ。
なるべく安全に、経験値を与えておかなければ。
「この先に礼拝堂があります。一つ目のオーブの気配がでています!」
悪魔の城に礼拝堂とは。何を祀っているのか。
ミサの会場らしき、広い空間に出た。
誰も座っていないオルガンから、不快な音が鳴り響く。
「おお、これはこれは」
死者たちが、虚無の表情を浮かべながら宙に浮いていた。
冒険者、兵士、修道女、王族貴族の面々も。
おそらく、侯爵の手にかかった者たちだろう。
「あの中央にあるのがオーブです!」
内部に炎を宿すスイカ大の水晶玉が、死体たちに守られながら浮かぶ。オーブを祀っていたのか。
だが、死体たちが寄り集まって、一つの肉塊となる。肉でできた球体と化し、ミレイアに襲いかかってきた。
「第一のボスはレギオン! 総勢千体を超す死体を集めて作った霊体だ! テメエもレギオンの一部となりやがれ!」
死体の手が寄り集まった触腕が、ミレイアの足首をつかもうとする。
「ムッ!」
ミレイアは跳躍して、触腕を避けた。
だが、レギオンと正面から向き合う形に。
「ゲヘヘ、快進撃もここまでだぜっ! 逃げられんぞメイドォ!」
興奮したラファイエットが、身体をブリッジさせながら高笑いを響かせた。
「ムゥッ!」
無限にムチを繰り出して肉塊を縛り上げる。
「ホァイ!」
力いっぱい引っ張って、ミレイアは肉塊を分解した。
『レギオンを物ともせず正面から一刀に伏す姿は、まごうことなき痴女』
ミレイアを称賛する声が、コメント内から複数上がる。
レギオンの身体が炎に包まれ、消滅した。
オーブがむき出しに。内部の炎が消える。
あの炎が、間を引き寄せていたらしい。
オーブが、王子の手元に落ちてきた。
「王子、オーブを」
「は、はいっ」
光を失ったオーブを、王子は優しく抱きかかえた。
オーブは次第に小さくなって、光る粒となる。王子の持つ剣の鞘にある、窪みに収まった。
「その聖剣は、闇の力を浄化してその養分とできるようですね」
「レベルもかなり上がりました」
球体の中で剣を構える。
「ですが王子の出番はまだ先です。それまで力は温存なさってくださいね」
「え? はい」
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