笑うしかない ー地下渓谷ー

 中央庭園へ続く道を、ミレイアは進んだ。どこからともなく湧いてくる敵を蹴散らしながら。


 ミレイアを追随しているのは、白い球体に入った王子だけではない。映像モニターもついてきている。


『走りながら、モンスターを切り刻んでやがる』

『恐ろしく早いムチ捌き。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね』


『止まると死ぬ痴女はマグロのごとし』

『マグロ:あんな痴女と同等に見られて誠に遺憾である』 


 流れる視聴者からのコメントも、辛辣なものから絶賛する内容まで様々だ。


 王子は、画面の向こうにいる姫に目を移す。


「姫様、きっとあなたの王子が参上いたします。今はこんな形で向かっておりますが、ご安心を。かならずあなたの元へ王子を無事に送り届けますから」


「お願いします。どうか、死なないでくださいませ」

 胸の前で手を組みながら、姫は王子とミレイアに祈っていた。


「庭園ですね……待ってください!」


 ミレイアが立ち止まった瞬間、庭園が真横にひび割れた。

 城がまっぷたつに割れて、道がなくなる。


 下は深い渓谷だ。橋もかかっていない。


「飛べば、向こう岸までいけますね」


 シオン博士からもらった飛行ユニットを、ミレイアは脚に展開しようとしたが。


『あーあー。ねえメイド、聞こえるかしら?』

 ソニエールを警護しているはずのエリザ姫から、通信が入る。


「エリザ姫様ですか?」

『あんた今、どのへんよ?』

「大聖堂を抜けたところです」


『騎士団の精鋭でも、引き返したレベルなのに……マジなの?』

 通信機の向こうで、エリザが驚愕の声を上げた。 


「それはどうでもよろしいではありませんか。で、どうなさったのです?」


 ヘッドドレスに手を当て、注意深く話に集中する。


 姫が息を整えているる音が聞こえた。


『イルマが、人質を転送するための魔法陣を作ったの。そっちに人質がいたら、送り出してちょうだい。あとはこっちで対処するわ』


「騎士団がこちらへは?」


 できれば先を急ぎたい。


 人質の数が多いなら、騎士たちに任せたほうがいいだろう。


 しかし、彼らにも事情があるようだ。


『こっちにも魔物が出たの。今は騎士団総出で対応しているわ。強さは大したことないけど、数が多くてね』


 よく耳を澄ませると、剣がぶつかり合う音がわずかに聞こえてくる。


「承知いたしました。人質は?」

『あんたがいるポイントの真下よ』


 崖の下に、人質たちが囚えられているようだ。

 ミレイア単身で、向かわねばならない。


「お任せを。必ず安全に送り届けますわ」

『頼んだわよ』


 通信終了し、ミレイアは崖を覗く。


「一気に降ります。下を向かないように」

 飛行ユニットをつけたまま、ミレイアは崖の下に飛び降りる。ジェットを発動し、加速した。


「うわあああああ!」

 王子が悲鳴を上げる。


 なおも、ミレイアは加速した。


 地面が見えてくる。


 ミレイアは、飛行ユニットを解除した。

 何事もなかったかのように、スタッと着地する。


 地下は洞窟になっているようだ。

 庭園からの水が、滝のように落ちてきている。


 飛行ユニットがなければ、ここから登るのは至難の業だったろう。

 並の冒険者ならば、であるが。


「ギガガガガ……」

 洞窟の向こうから、半魚人が姿を表す。

 外からの月明かりが、地に染まったウロコを照らしていた。

 半魚人の周辺には、折れた剣や壊されたフレイルなどが落ちている。


「あらゆる冒険者を爪と牙で惨殺してきた最強の半魚人だぜ! 今度こそテメエの最期だ!」


 アフロにそう紹介された半魚人が、ミレイアに突進してきた。



 紹介が終わる頃には、半魚人の身体は周辺の壊れた武器類と見分けがつかなくなったが。



 洞窟を飛行ユニットでダッシュして進む。

 真っ暗だが、ミレイアの行く手を遮るレベルではない。


「エリザ姫、聞こえますか? 人質を見つけましたわ」


 ミレイアの視界がひらけ、牢屋が見えてきた。

 入っている貴族たちが、身を寄せ合っている。

 ミレイアの存在に身体を縮こまらせた。

 しかし、同時に王子の姿も発見し、安堵している。


『どこかにポータルはないかしら? おそらくそれが転送装置よ。奴らはそこから牢屋とこちらを行き来しているみたいなの』


 姫の話を参考に、囚人たちから話を聞く。

 みなが一様に、牢屋の隣を差した。

 牢屋の片隅に、巨大な石碑が設置されている。


「これでしょうね? さっそく起動させましょう」


「そうはいかぬ!」

 地のさらに地の底から響くような声が、暗闇の奥から聞こえていた。


 真っ赤なローブを纏った死神が、足をやや引きずって歩いてくる。


「こいつは死神です! かつて地獄を支配していたという最強の魔物ですよ!」

 王子がミレイアに警告する。


「ギャハハ! 我が最強のしもべが登場したぜ! こんどこそ魔女の最期だなぁ!」

 ラファイエットが、画面の向こうで興奮した。


「邪魔です」


 これでも一応、ミレイアは聖女だ。


 軽くぶん殴っただけで、「死」属性の魔物はチリになりかけた。


「ぐおおおおお! まだまだ!」

 朽ちかけた死神が、脚すべてをカマへ改造した節足動物の姿へ。


「これぞ我が真の姿なり。名付けて死のムカデ、サイデル!」

 サイデルが、ミレイアの周りにまとわりつく。


「へっへっへっ」

 一〇〇本を超えるカマの脚を、ミレイアへ向けた。


 ミレイアは、牢屋の前方を塞ぐサイデルの胴体を切断する。


「もう安心ですよ」

 牢屋を解錠しながら、ミレイアはムチですべてのカマを撃ち落とした。最期に死神の頭を切り落とす。


「へっへっへっ……」

 命を散らしながら、死神は血涙ブラッド・ティアーズを流している。


『あーんサイデル様が死んだ』『笑うしかない』

 儚く死んだ死神を、視聴者がコメントで追悼した。


 それにしても、手応えがなさすぎる。


 何者かに操られているようだったが……?

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