まさかの再会

 ろくな準備もせず、まっすぐ城へと向かう。


 侵食してくる瘴気が、ミレイアを避けていく。


「敵も、ワタクシの力を把握していらっしゃるようですわね」


 弱いモンスターが襲ってこない辺り、敵はミレイアの侵入に気づいているらしい。

 

 とはいえ、どのモンスターもミレイアに恐れをなしているようだった。


「お出迎えもなしですか。拍子抜けですわ」


 その方が都合もいいが。


 頑丈な鉄の門扉を蹴飛ばし、領地内へ。


「では、お邪魔して」


 串刺しにされた民衆が、そのままの状態で維持されていた。

 肌の腐食も見られない。薬漬けの遺体にも見える。


「まだ新鮮のように見えますわね」


 瘴気を吸って、表面が潤っているらしかった。

 死体には、死臭ただよう瘴気は相性がいいらしい。

 内臓まではさすがに養分が行き渡らないため、腐臭がしているが。


 王族の首が、地べたに勢揃いしているではないか。


 侯爵が最初に手をかけたのは、王族だったという。


 ラファイエットがいかに自身の一族を憎んでいたかわかる。


 玄関の壁で集まっている一団が。

 ひときわ白い鎧を着ている男性がいる。

 彼の周りだけ、空間が生気に満ちていた。彼がオーレリアン王子と見て、間違いない。


 呼びかけようとして、やめた。


 パーティの中に、見知った女性がいたからだ。


 彼女は腹から大量に出血して、今にも命が枯れようとしている。




「……アニタ⁉」




 彼女は聖女アニタだ。


 幼少期に数度目にかけた程度だったが、忘れない。

 共に山で修行した仲である。


 出で立ちからして、武道家として生計を立てていたらしい。



 僧侶が魔法を施しているが、一向に回復しなかった。

 傷が、心臓に達しているのだ。



「ミ、ミレイア……」

 瀕死の状態で、幻を見ているのだろう。アニタは虚空に向かって、ミレイアに呼びかけている。


「ミレイア、いくら探しても、あなたは見つからなかった。最期に、ひと目会いたかったな」

 紫色に変色する唇で、ミレイアの名を呼ぶ。ずっとうわ言のように。


「道を開けてください!」

 僧侶をはねのけ、ミレイアはアニタに回復魔法を施す。ムチを通して血も注ぐ。自身の寿命さえ削るほど、魔力を流し込む。



 見捨てようと思えばできた。


 もし彼女を助ければ、自分の存在が田舎に知られてしまうかも。

 彼女は、自分を追ってきたようだし。



 しかし、ミレイアにはできない。友を見殺しにするなんて。


 田舎に知らせたければ、すればいい。

 そういう仲だったと、思うしかなかった。


 それでも、「助けなければよかった」なんて恨んだりはしない。

 

 ここでアニタを死なせれば、助けなかった自分をきっと一生恨む。


「だから目を覚ましなさい、アニタ!」

 寝顔の頬を張って、ミレイアはアニタに呼びかける。


 アニタの胸にあった致命傷が、みるみる塞がっていった。

 青くなっていた顔に、生命が戻っていく。


 ようやく、アニタが目を覚ました。


 パーティから、安堵のため息が漏れる。


「あ、あの。ありがとうございます旅の人!」

 白いヨロイの男性が、頭を下げた。


 一礼しただけで、ミレイアは彼を無視する。

 アニタと視線を合わせた。


「お体に異常は?」

 アニタは、ミレイアの問いかけに首を振る。


「あなたが助けてくれたのか。ありがとう。あなたの名は?」

「名前などどうでもいいです。それより立てますか?」

「はい」

 あくまでも他人行儀で、ミレイアは旧友と触れ合った。


「しかし、どうして私の名を?」


「武闘家アニタは有名ですよ。冒険者界隈で『岩をも砕くヒーラー』と言えば、あなたしか思い浮かびません」

 適当にごまかす。


「あなたがハンターか。メイド服なんて着ているから、新手のモンスターかと」

「何事です? あなたほどの聖女が、遅れをとるなど」

「エントランスに入った途端、強力なモンスターと相打ちになった」


 魔物は倒したが、自分も死にかけたという。


「すいません。ボクが調子に乗ったばかりに」

 責任を感じ、王子は剣の鞘を握りしめた。


「ここはワタクシに預けてくださいませんか? みなさま、ここは一刻も早く脱出を」


 全員が、同じ意見らしい。

 最強クラスの聖女を、会っただけで信頼させたのだ。


「さて王子、ご帰宅を」


「しかし、王子を置いていけませぬ」

 大柄の剣士が、オーレリアン王子をかばう。


「なぜ? はやった王子を責めるつもりはございません。なにか、王子を駆り立てる理由があるなら、おっしゃってくださいな」


 こうなったのには、重大な理由があったに違いない。


「ダラスの聖剣がなければ、堕天使は討てないと睨んだからです」


 僧侶によると、堕天使はタダ殺すだけでは再生してしまうという。

 ダラスの聖剣を用いれば、確実に息の根を止められるのでは、と考えたらしい。


「あなた方の予感は、おそらく確実です。腐食魔法なんかに頼るよりは現実的ですね」




「とはいえ、ボクが不甲斐ないばかりに」


 エントランスですら、足止めを食らっていると。

 

「王子もワタクシが面倒を見ましょう。ソニエール王とお約束ですので」


「かたじけない。あなたを信頼する。ソニエール王からは我々が伝えよう」


 状況を王へ報告するため、冒険者たちは撤退の準備を始めた。


「すまない、メイド殿。魔物を足止めすることもできなかった」

「あなた方は立派です。その力を、王の護衛にお役立てください」

「ありがとう、友よ」


 友と言われた時、ミレイアは胸が痛んだ。

 自分は、友を欺いている。

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