魔城の主は、【不能侯爵】

「そなたが、トゥーリ男爵が派遣したハンターであると?」

 ソニエール国王は、ミレイアを見るなり首をかしげた。



「ご不満でしょうか?」

「いや、あまりにも美しい方がいらしてくださったからのう。驚いておる。これ大臣、真偽はいかがかな?」


 エリザ姫がよこした書簡を、ミレイアはソニエール城の大臣に渡したところだ。

 最初は単なる使用人として、兵隊から相手にされなかったが、まったくあのチビの威厳は役に立つ。鼻につくのは事実だが。


「国王、間違いありません。ヴァルカマ王国からの書簡は、本物のようですな」


「うむ」と、国王は小さくうなずいた。


「非礼を詫びようハンター殿。正式にヴァルカマ国からいらしたようで」


「もったいなきお言葉です」

 少しも気にせず、ミレイアは頭を下げる。


 疑われて、当然だ。

 自分が王でも、こんなメイド風情がハンターと言われたら、ふざけているのかと思う。


 しかし、ミレイアの格好が意図的であると、ようやく王に理解してもらえたらしい。

「敵を油断させる手段」であると。


 ミレアからすれば「ただの舐めプ」なのだが。


「ハンター殿。どうか、娘を救い出しておくれ」

 ただでさえ細身の国王は、娘を連れ去られてさらに消沈しきっていた。


 大臣も国王に付き添い、心配している様子である。


 国王と兵士に連れられて、ポーラ姫の私室へ向かう。


「ハンター殿、ファビアン・ラファイエット侯爵の別名は、ご存知か?」

「不能侯爵、でしたわね?」




【不能侯爵】、そんな不名誉なあだ名が、ハヤニエ侯爵を生んだ。


 ファビアン・ラファイエットは、妾の子である。

 実母は権力争いの末に謀殺、継母である王妃から折檻を受けて育った。

 それゆえ、女性不審に陥る。


 世継ぎに恵まれなかった原因は、侯爵本人の女性恐怖症にあると。


 逆上した侯爵は、自分をバカにした市民たちを手に掛けた。

 女も赤子も老人も、気に食わぬ人物は等しく槍で刺し貫いたのである。


 最期はどうなったのか、分かっていない。

 親族によって暗殺されたとも、近隣国家との争いで戦死したとも。


 これが、侯爵の血塗られた歴史である。



「仮に事実だとしても、人を殺していい理由にはなりません。もし侯爵がこの事件の首謀者でしたら、言い訳にしかなりませんわ」

「まったくです。度し難い」

 大臣も、ミレイアの意見にうなずく。



 暗黒城はその後、財宝眠るダンジョンと化していた。元々、侯爵は魔物とのつながりが噂されていたらしい。モンスターも、侯爵自らが喚び出したのでは、とのウワサもある。


 侯爵亡き後、城は魔物が巣食う宝石箱へと姿を変えた。今でも侯爵が殺してきた民衆が、アンデッドとなってさまよっているという。


 隠し財宝を求め、探索に向かう冒険者は後を絶たない。

 そこへ、【堕天使】を名乗る大物モンスターが棲み着いた。


「まるで我が家のように城へ入り込み、城に巣食う魔物を統率しているそうだ」


 これまで冒険者が遭遇した、いかなる敵とも異なる存在だとか。


 壁一面が桜色で塗られた部屋に、案内される。ここで、姫が窓からさらわれたという。衣服や家具は、散らかったままになっている。


「堕天使とは、何者かは?」

「娘を連れ去った、あの狂える王の姿。若き頃に肖像画で見た、アフロ侯爵その人だった」


 やはり侯爵が堕天使の姿を得て蘇った、と見ていいだろう。



「それにしても、不可解です。不能侯爵が、どうして姫君を?」


 あの侯爵に、姫を辱める機能はないはず。不能なのだから。

 

「侯爵の城に、ソニエール王は【腐食魔法】を仕掛けようとしたからです」

 大臣は言う。


「突如現れた暗黒の城は、街を侵食し始めた」


 魔城が放つ瘴気は、瞬く間に近隣国を汚染し始めた。


「この事態に、ソニエール王は他国と共謀して、【腐食魔法】を施す計画を打ち立てたのです」


「なんと、腐食魔法とは! 禁忌に手を出す段階まで、追い詰められていたのですね?」 


 腐食魔法とは、いわゆる環境を汚染する魔法である。


 魔族でさえ、世界が汚染されては留まることはできない。

 人や魔族ですら退ける究極魔法だ。


 その一つが、先日遭遇した【魔神 ディザスター】の召喚である。

 あの時、ディザスターを召喚した術士は一瞬で溶けた。

 ミレイアが防護魔法を周辺に浴びせていなければ、あの場に居たミレイア以外の全員の内臓が腐敗していただろう。


 ディザスターには、「魔族ちゃんねる運営者」というもう一つの顔もあった。


 ミレイアは地下闘技場が卑猥な動画の撮影現場となっている証拠を突き止めるため、ディザスターに協力を要請したのだ。召喚者から支配権を乗っ取って。




 国王は、そんな凶悪魔法を魔城に施そうとしたのである。



 姫がさらわれたのは、魔道士たちを国中から集めている矢先のことだった。往生が手薄の時を狙われたのである。


「しかし、先手を打たれた。王の一人娘である姫をさらったのです」


 姫が人質にいては、腐食魔法などで抵抗できない。



 他の都市も、次々と要人がさらわれたという。 



 そのいずれも、アフロの堕天使が目撃されていた。

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