あなたのようなカンの鋭いガキは嫌いですわ

「男爵様、地下戦闘ドレイ賭け試合会場の壊滅、及び先導していた運営ならびに観衆である貴族の特定と始末、完了いたしました」

 帰宅後、ミレイアがトゥーリ男爵に報告する。


「ありがとう。相変わらず仕事が速いね」

 笑顔で、男爵も答えた。


「一刻も早く男爵様のもとへ戻りたく」

 といっても、仕事の半分は魔神ディザスターに丸投げしたが。


 不本意に召喚され、魔神は数刻しかとどまれなかったなかった。わざわざミレイアが少し魔力を分け与えて、仕事をさせたのである。


 魔神とコネクションがあるとわかると、観衆だった悪徳貴族たちは観念した。自ら役所へ赴いたのである。

 といっても、魔神が仕掛けた終わらない悪夢の呪いで毎晩うなされるだろうけれど。

 役所に出頭した程度で、許されると思われても困る。


「恥ずかしい目には遭わなかったかい?」

「お心遣い、痛み入ります。ご安心を。旦那様以外に見せる恥部などございません」


 再度、ミレイアが一礼をした。


「ヘッ。よく言うぜ、全身が恥部みたいなもんだろ」

「ゴリラには見えない恥部でございますので、ご安心を」


 ミレイアが言い返すと、クーゴンはチッと舌打ちをする。


「それで、例の薬物の出どころはつかめたのか?」

「抜かりはございません」


 冒険者たちに聞くと、ポーションに混ぜものがしてあったらしい。

 ポーションの利用によって、弱体化させたという。


 商人の指をすべてもらって、真偽を確かめた。



「調べたところ、ポーションに混ざっていたのは媚薬系の薬品だったよ」

 治癒薬を調べてくれたのは、ビスタシオン・オジャ博士だ。男爵の旧友である。 


「ポーションを売っている商人を追跡したところ、とある城へ出入りしていると判明いたしました」

 ミレイアは、地図をテーブルに広げた。


「暗黒城ラクロアかね?」


「そのとおりです。ファビアン・ラファイエット侯爵のお住まいです」


 通称「ハヤニエ侯爵」。

 いわれのない理由で市民を殺害しては、見せしめにハヤニエとして城の敷地に放置したと言われている。


「もう一〇〇年以上前に死んだと思っていたぜ」

 クーゴンの言葉に、ミレイアはうなずく。


「騎士団もそう考えていたらしいです。が、ここ最近になって、堕天使が棲み着いたとか」


「それが、ラファイエット侯爵であると?」


 男爵の問いかけに、ミレイアは「はい」と返答した。


「とある特徴が、まさにその人だと確定しているようでして」

「アフロヘアなのです」

「え……アフロって、私の知っている、アフロだよね?」

「おそらくは」


 アフロヘアとは、男爵の元いた世界独特の髪型ではない。


「これは推測なのですが、侯爵は堕天使となって蘇った可能性が」

「調査の必要がありそうだね」


 ミレイアが男爵の支持を待っていると、屋敷の玄関が開かれた。


「失礼するわ!」


「にゃ!」

 あまりに大声だったので、アメスが驚く。モップを落としてしまった。


 エリサベート・ヴァルカマ姫隊長が、ズカズカと屋敷に入ってくる。


「本当に、失礼な方々ですね。アメスが怯えてしまったではありませんか」

 アメスを抱き寄せながら、ミレイアが抗議した。


「あー、すいませんアメスちゃん」

 副隊長イルマが、涙目のアメスを撫でる。


「ちょっと緊急事態だったの。ごめんなさいね」

 エリザ姫隊長でさえ、アメスのカワイさに声のトーンを落とした。


「ところで姫、緊急の用事とはなんでしょう?」


「それよ男爵殿! 一大事なの!」

 男爵が質問すると、またしてもエリザ姫は大声で叫んだ。


 またしても、アメスが怯えだす。


「ああもう、悪かったわよ!」


 いつまでもこんな調子では、話が進まない。客間へ通す。


「ポーラ姫が、例の堕天使にさらわれたわ!」



「なんと、ポーラ姫が⁉」

 よほど、重要人物らしい。



「失礼ですが、ポーラ様とは……」


「ポーラ・ソニエール姫よ! 隣国の王様の姫殿下!」


「ああ、ソニエール様の。お嬢様がお生まれになったのですね?」


 ソニエール国は、遠方ながらエルヴェシウスと馴染みが深かった。

 しかし、ミレイア自体に親交が深いわけではない。

 親同士が仲良し程度である。


 よって、子どもがいるとも知らなかった。


「詳しいわね? ソニエール様が一時期子宝に恵まれなかったって、どうしてメイド風情のあなたが知っているのかしら?」

「色々、お噂は聞くのです。情報は大事ですから」

「へーえ。どこの国の給仕とも親しくなさそうなのにね」



「あなたのようなカンの鋭いガキは嫌いですわ」



 意地悪な姫騎士だ。ウブを気取っていればいいものを。


「ポーラ姫は一四歳だったかしら? せっかく王子と婚約が決まった矢先に、堕天使に連れ去られて!」

 同じ姫として、エリザ姫は動揺していた。


「急ぎましょう。ですがご安心を。おそらく貞操は無事でしょうから」


「どうして言い切れるの?」

「世間でも周知されているほどですわ」


 侯爵の『性癖』は。


「そのウワサ、マジってことよね?」

「ええ。ですからハヤニエという奇行に走った、という説は濃厚でございます」

「待ってよ! だったら、姫様も串刺しに⁉」

「それはマズいですわね。ただちに現地へ向かいます」

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