ミレイアの本気

 アエーシェマを覆っていた霧が、実体化する。

 攻撃を遮っていたのは、霧状の皮膚だったのだ。


「この雷槍、真の姿を晒すのは勇者と対峙して以来! 存分に堪能するがいい!」


 屈強な女性像は、巨大な四足魔獣の姿へ。髪はたてがみのごとく伸び、二本の角をこめかみに携えた。肌の色も漆黒となる。


 雷槍は尾の形となって、ミレイアに向けられた。尾の先が、カッと光る。


 避けた……と思った瞬間に、大地が裂けていた。気づくのが遅ければ、切断されていたのはミレイアだったろう。腕の一本くらいは、持っていかれたかもしれない。


「これぞ真の雷槍」

「地面を切り裂いたくらいで、えらく得意げですわね」


 敵の目に向かって、ミレイアは銃撃を叩き込む。背負う武器腕の照準も、すべてアエーシェマに向けた。


 銃は確実に、アエーシェマの眼球を撃ち抜く。だが、瞬時に再生した。


 他の部位を攻撃しても、皮膚が泡立って傷を治してしまう。


「これならどうです?」


 魔獣の口へ、ビーム砲を打ち込んだ。


 光芒が、魔獣の脳天を突き抜けた。確実に、脳へダメージを負わせたはず。やはり、体内は脆いか。


 だが、敵は何事もなかったかのように、雷槍を放った。


「くっ!」

 ギリギリで避けようとして、武器腕の半分を切断される。ムチの股を分裂させ、手放した銃を掴み直す。


 脳への攻撃も、効果なし。


「ダメージを与えても、すぐに再生するとは。トカゲみたいですわ」

『悠長なこと言うてる場合かいなっ。対策せんと!』

「とは言っても、それらしい攻撃はしましたし」


 敵は「雷槍」を名乗っている。雷使いで、武器は手放さない。


 しかし、あれだけの巨体で攻撃は尾による雷撃のみ。

 多角的攻撃を目的とした、ミレイアとは違う。

 手段が雷槍しかないようだ。


 まるであの巨体自体が、何かを隠しているかのような……そうか。


「なるほど。盲点でしたわ!」

『どないしてんな?』

「まあ見ていなさいな」


 ミレイアは、全武装を解除した。背部の武器腕はしまい、ビーム砲門も閉じる。


「さあ。ご覧の通り、わたくしは丸腰ですわ!」


 諸手を挙げて、ミレイアは相手を挑発する。


「怖気づいたか、魔女め」

「いいえ。あなたなど、武器を持っていなくても倒せると申したまで。今、証明して差し上げましょう!」


「言わせておけばぁ!」

 怒り狂ったアエーシェマが、雷を帯びた尾の先をミレイアに向けた。


「ならば死ね! 我が魔王の糧となれ!」



 目を凝らし、ミレイアは敵の正体を探る。




 こんなところにいたのか。



「見つけましたわ」

 大胆にも、ミレイアは雷槍の正面に。



 そこにあったのは、アエーシェマ人間体の顔だった。口を開け、雷撃を放とうとしている。


 尾の先に、ミレイアは拳を叩き込む。アゴが開いていたので、歯を食いしばれないはずだ。


 魔獣が悲鳴のような雄叫びを上げて、全身を泡立たせる。強靭を誇った皮膚が、溶けて崩れ落ちていく。


「肉のヨロイでカモフラージュして、本体である『雷撃』でとどめを刺す。いい作戦でしたわね」


 アエーシェマの正体は、雷そのものだった。

 身体を電流化して、エネルギーを行き渡らせていたのである。

 肉体の方がダミーで、雷である彼女をごまかしていたに過ぎない。


「ですが、相手を間違えましたわね」

 ミレイアが拳を放す。


 脱力し、アエーシェマは魔獣の背中に落ちた。


 魔獣の肉体はすっかり浮力を失って、落下し続けている。


「まだやりますか?」

「もちろんだ! このまま引き下がれるか!」


 高度五〇〇〇から落下しながらも、戦いは終わらない。


 不定形ながら、アエーシェマが打撃を繰り出す。


 さすが動きが雷そのものだけあって、素早くて捉えられない。

 だが、打撃が当たったとしても所詮はエネルギーのカタマリだ。

 静電気のようにミレイアの皮膚を焼くだけ。

 真冬のセーターとスパーしているような感覚である。


 雷撃を物ともせず、ミレイアはアエーシェマの足首を掴んだ。手の平が焦げたが、意に介さない。


「やはり、魔獣の体内に威力を増幅させる装置があったようですね。素の打撃では、まるで威力がない」


 弱点を指摘され、アエーシェマの顔が歪む。


「屈強な体型をイメージなさったのも、強い女に対する憧れからでしょう。浅ましい限りですわ」


 ミレイアのハイキックが、アエーシェマのアゴにヒットした。


「霊体に、ダメージを負わせるだと?」

 よろけながら、敵が愕然となる。



「なぜだ。なぜ、不完全体である我を掴める? そんな芸当など、聖女くらいしか……そうか貴様⁉」


「気づいたところで、遅いですわ」

 ミレイアは、アエーシェマに連続でパンチを打ち込む。聖女の力がこもった拳を。


 たかが魔女の攻撃と侮ったのが、アエーシェマにとって運の尽きだった。


 聖女は勇者同様、形なきものさえ撃滅する力を持つ。その一発は霊体と言えど必殺となる。


 アエーシェマの肉体は、聖女の繰り出す拳によって粉砕されていった。

 彼女が久しく忘れていたであろう「痛み」を、ミレイアは容赦なく浴びせ続ける。


「そうか。魔女を相手していたと思いきや、敵は聖女とはな」

 ボロ雑巾のようになって、アエーシェマはヒザから崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る