汚え花火ですわ

「なんで、人間がこんなところに⁉ 人が手出しできないから、高所で撮影していたのに⁉」

 背中に羽の生えた男が取り乱す。

 まさか、こんなところまで迎撃が来ると思っていなかったのかだろう。


「撮影」と言っていたから、彼も背信者ハイシンシャか。


 金属でできた大型の翼を背負い、鷹のクチバシを模したマスクで顔を覆っていた。両足に搭載しているのは、大型のスラスターである。


 手に持った大筒は、ミレイアの持つ砲塔より遥かに大きい。ここから雷を撃っていたのは、この男で間違いないだろう。


「あなたが、この一帯を取り仕切っていると思い込んでいるゴミですね?」


「貴族に向かって、えらい言い方だな」

 グリフォン男が、眉間に青筋を立てた。


「御冗談を、仮装パーティにしか見えませんわ。貴族とはそんな格好をしなくても気品で相手を魅了するもの。ゲテモノ然としなければ目立たないものなど、貴族と呼ぶにふさわしくありません」


 ミレイアが徹底的に侮辱すると、グリフォン男が笑う。

「そんな口をきけるのも今の内だそ、メイド。ここまで来られたことだけは褒めてやる。だが、ボクと出会ったことを後悔するんだな!」


「悪いやつらは、みんなそう言うのです。そして気づくのです。魔族の力を持ってしても倒せない、圧倒的な存在に」


「どうかな? ボクは今まで、ボクたち低級貴族をバカにしてきた奴らを灰にしてきた。このランチャーで!」

 グリフォンが、銃口をミレイアに向ける。


「それが、あなたの動機ですか? 随分と非合理的な理由のような気がしますが」


 この男に指摘をしてきた人物たちは、有益な人材もいた。

 いや、彼より価値のある者たちばかりだったろう。

 この男の脳は、犬畜生より劣る。


「やりたいから、やる。何が悪い?」

「分別という言葉を知らないとは」


「いいか悪いかじゃないんだよ。ボクの命令を聞かないことが許せないの。なんでそれがわからないんだろう? みんなしてバカなんじゃないか?」


 コンプレックスがネジ曲がってしまったのか。魔族につけ込まれるわけだ。魔族の力も、不要なものを処分したかった手に入れたのだろう。欲しい物を手に入れたかったからではなく。


「そんな性格でしたら、優秀な配下も、次々と殺してきたのでしょう。いわゆるブラック上司ですわね」

「ボクをバカにするやつは、誰だろうと殺していいんだ。バカは生かしておく必要はない」

「バカなのは、あなたです。抹殺オシオキしてさしあげましょう」


「黙って聞いていたら、いい気になりやがって! てめえも雷撃の餌食になりやがれ!」


 銃身に、電力が集まってきた。


「どうぞ。そんな豆鉄砲、軽く受け止めて差し上げます」


 男が引き金を引く。


 一瞬、視界が明るくなった。


 しかし、ミレイアは手をかざしただけで、雷撃を弾き飛ばす。


「な……魔王すら滅ぼす電撃なんだぞ……」


「こんな程度の攻撃で、ワタクシを殺せるとでも思ってらしたのですか?」


 自慢の雷撃をあっさり手で遮られ、男は困惑している。


 魔王「ごとき」を消し炭にするレベルの雷撃で、災厄のカタマリたるこの魔女を仕留めようなど、片腹痛い。


「なにか言い残すことは?」

 ミレイアは、ゆっくりと男に近づく。


 武器を構え、グリフォンは呆然としていた。 

「ボクはエリートなんだ! こんなところでくたばってたまるか!」


 どこまでも傲慢なバカだ。生かしておく必要はない。


 再装填するが、プスンと音を鳴らすだけで砲身は作動しない。短時間で使いすぎたのだ。


「では抹殺オシオキを――⁉」

 上空から、強力な魔力反応が迫ってくる。


 すかさず、ムチでグリフォンを縛り上げて、盾にした。


 瞬間、新手の蹴りが、グリフォンの背中にめり込む。グリフォンの背部ユニットが砕け散った。


 男を蹴ったのは、黒壇のヨロイに全身を包んだ屈強な大女だ。顔立ちは三〇代くらいか。


 カウンターで、ミレイアがハイキックを食らわせる。


 だが、相手もグリフォンで防いだ。


 グリフォンの顔に、ミレイアのつま先が突き刺さる。


「ぬうう、やる!」

「そちらも!」


 ミレイアは強敵に向けて、キックと拳を叩き込む。

 相手の攻撃はグリフォンの身体でガードする。


 相手も同じ戦法をとった。


 ハンマーのように振り下ろされる大ぶりの一発を、グリフォンの肉壁で防ぐ。

 同時に脇腹に突きを食らわせようとした。

 しかし、グリフォンの太ももに阻まれる。


 ならばと、みぞおちに膝蹴りを見舞う。


 カウンターで前蹴りが飛んできた。

 

 どちらもグリフォン肉壁によって相殺される。


 一瞬にしてそんな攻防が、三五九回も繰り広げられた。


 大女と対峙して戦闘になってから、わずか一〇秒の出来事だ。


 おかげで、すべての攻撃がグリフォンに当たる形となる。

 もはや、金属製のボディは原型をとどめていない。

 人間だったかすら判別不可能になっている。


「喰らえ!」

 大女の槍から、グリフォンより強力な雷撃が飛んできた。

「身の程を知りなさい!」


 負けじと、ミレイアも全砲門を開き、光芒を放射する。


 グリフォンに、両者の閃光がぶつかった。


 二つのエネルギー波が、夜空に爆発を起こす。


 金属のグリフォン装甲が弾け飛び、生身の魔族が黒焦げになって虚空に浮かんだ。


 雷撃を放った魔族は、無傷である。


「汚え花火ですわ」

 焦げ臭さに、ミレイアが鼻をつまむ。

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