敵の位置は、高度 五〇〇〇メートル先
冷蔵庫の目が、チカチカと点滅した。
「うわあああ! こりゃすごいね!」
一瞬身体を強直させたが、博士は「ワオ!」と奇声を発する。
「ご無事ですか博士?」
なんともない。博士からは余裕の表情が伺えるが。
「平気だよ。弟子二号が守ってくれたからね」
ミレイアと共に、シオン博士は表に出た。
天井で、シールドを構えたアイアンゴーレムが中腰のまま身構えていた。落雷をもろに食らったためだろう。肩や腕、脚の関節から煙が上がっている。
「あの円盤状のシールドに、尖った針のようなものがあるだろ? 避雷針になっているんだ」
避雷針によって、衝撃をちらしてくれたようだ。
「ゴーレムさん、ありがとうございます」
ミレイアは、物言わぬ鉄の像に礼をした。
「いつか、こちらにも襲ってくると思っていたけど、直接狙ってくるとはね」
ゴーレムの無事を見届け、ミレイアと博士はもう一度部屋に戻る。
「何度も襲われたんですか?」
「これが暗殺の手段らしいんだ。最近は周期が短くなっている」
博士は地図を広げた。
「コレが、弟子が死んだポイント、そこから落雷があったポイントは三つ。そこに冒険者がいたんだ。段々と、距離が近くなっているのがわかるかい?」
「はい。実際に目てみるとよく」
「この落雷は、人為的に起こされていると見ているんだ」
テーブルをどけて、シオン博士が床をノックした。
床板が外れて、取っ手が現れる。
取っ手を引っ張ると、地下へ続く階段が現れた。
「ほほう、隠し通路ですか」
「本当のラボへ向かおう」
狭い道を、ランタンの明かりを頼りに進む。
「人の手による砲撃という根拠は?」
「ここ一帯の地形さ。山に囲まれているならまだしも、こんな平たい土地ばかりの地域で雷なんか起きるもんか」
海から北風が山にぶつかって、雷をもたらす積乱雲になる。
しかし、この一帯は海もない。
安全のはずなのだ。
「つまり、雷を発生させたやつは、気象の知識がない。土地の特性にも詳しくないやつだ」
博士は階段を降りていく。ミレイアも後へと続いた。
「弟子の死が、いい証拠になった。ワタシがあいつを預けて、資料を見てくれと聞かされた直後にやられたんだ。犯人はここを仕切っている貴族さ」
「最近こちらを、支配しに来たという」
その貴族は、ことあるごとに新兵器開発を、博士に依頼しに来たらしい。
「貴族は、魔族と契約していたらしい。一連の落雷は、彼の手によるものだと確信している」
だから協力しなかった。
嫌がらせは、それから続く。資料は盗まれ、関係者たちも殺害されている。
「だから、地下にラボを移したと?」
「そういうこと」
どこまでも、博士は合理主義だった。
姫騎士エリザが保護すると言ってきたが、相手は貴族だ。言いくるめられる危険がある。
「研究していたデータから見て、ワタシはあの落雷発生装置を【グリフォン】と名付けている」
冬の雨雲と同じ五〇〇〇メートルという超高度から、落雷レベルのエネルギー砲を放出できる。
いわば、スナイプ用の兵器らしい。
魔王城へ直接砲撃するために作った。
が、戦争が終わったため開発は頓挫したのである。
「ということは、まさか」
「貴族が操っているのは、ワタシが開発した超兵器だ」
自分の発案したマシンに、自分が殺されそうになっているとは。
「彼は『魔族退治に協力しろ』と言ってきた。しかし、アレだけの強力な兵器をどうして今頃求めるのか、貴族連中を信用できなかった。だから弟子を遣わせたんだがね」
残党狩りなら、冒険者だけで十分だ。
しかも、博士を脅す必要もない。
何もかもおかしかった。
「貴族の仕業と言い切れる証拠は?」
「彼以外に、あんな兵器は作れないさ」
他の心当たりがなく、周りにいる人々は資金がない。
目的だって。
「何より、ここ数ヶ月で、貴族に反抗的な連中が次々とやられている。落雷によってね」
要は、暗殺の道具として用いられているわけだ。
「彼を止められるのは、キミしかいない。これに乗ってくれ」
最下層にたどり着く。そこにあったのは、ミレイアが使った拳銃射出用のアームより複雑な機構だった。
四筒のエネルギー砲台、浮遊する球状の自律兵器と、何でもありである。開発者の執念すら感じられた。
「グリフォン打倒のために、ワタシが開発した武装だ。名付けて【ジャベリン】だ」
このマシンを背負い、あの怪物と戦ってこいということか。お安い御用だ。
「まだ完成じゃない。これが必要だ」
折りたたみ式の凧を、シオン博士が取り出す。凧を広げて、兵器と融合させた。
「完成だ。あとは魔力を注ぎ込めば、勝手に空を飛んでくれる。ワタシには運転技術がないけど、キミの運動神経なら」
「どうしてわかるのです?」
「たーっぷりと、まさぐらせていただいたからね」
ミレイアとやたらと風呂に入りたがった理由は、これか。
要は、身体検査だったのだ。
どうりで、触り方がきめ細かいと思ったら。
博士が、壁にあるレバーを降ろす。
天井が開き、夜空の星が見えてきた。
ここから、外へ飛び出すのか。
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