アイアン・ゴーレム
この数時間の間にミレイアが抱いたシオン博士の印象は、「アグレッシブな人」である。
狙われていると言うから、てっきり引きこもっているとばかり思っていた。
ミレイアの抱いていたイメージと、実際のシオン博士は随分とかけ離れている。
数分進んだ先に、ラボはあった。その割には、小さい気もするが。
「博士、隠れてください」
ラボ周辺をうろついている人影が。
ミレイアは身構えようとしたが、博士に止められる。
庭をうろついていたのは、一体のゴーレムだった。パイプ状の手足を動かし、のっしのっしと家の周りを巡回している。
「あれは平気。ワタシが作ったゴーレムだから、敵意はない」
「鉄製のゴーレム、ですか」
「とにかく入って」
ドアを開けた。
科学者の部屋だ。さぞゴチャッとしているのだろう、とミレイアは袖をまくった。これは片付け甲斐があるぞと。
「上がってよ」
しかし、現れた部屋は、病的なまでに何もなかった。
いわゆる「ミニマリスト」と言うべきか。
「ささ、夕飯にしようか」
酒瓶をテーブルに置いて、シオン博士は冷蔵庫を開ける。
やはり、中には残り物らしき大量のツナ缶が。缶詰は、ショップでもよく見かけた。非常に安価で、品質も問題にならない。安全な食料として広まっているようだ。
「では、調理いたします」
買い物かごからトマトやレタスを出して、簡単なサラダを作る。
「そのまま食べてもいいんじゃ? いつもやってるよ?」
「お野菜もありますので、消費していきます」
鶏肉を焼き、チキンソテーに。
博士は急いている。手の込んだ料理より、手早くさっと調理したほうが喜ばれそうだ。
「あの、こちらは本当に、博士のお部屋なのでしょうか? 何もありませんが?」
フラスコや書籍、薬品類など、まるで散らかっていなかった。あるべき場所にあり、散らかしようがないほど物がなかったのである。
「別室で仕事をしているのがデフォから、家にはさほど顔を出さないんだ。ここには、寝に帰るだけだよ」
座り心地の悪そうな木製のイスに、シオン博士はあぐらをかく。
「なるほど。書籍の類などもありませんよね」
「書籍は図書館が近いから、そちらを利用している」
言って、博士は酒を瓶のままであおる。
「博士。こんな生活で、落ち着きますか?」
科学者とは手元に本がないと眠れない人種だと、言い聞かされたが。
「図書館だと、読み捨てても片付けてくれる人がいるでしょ? 家だと自分でしまわないといけないじゃん」
「ほ、ほう……」
そうか。ようやく、わかった。
シオン博士は、超がつくほどの合理主義なのだ。
人がいる場所では集中できないという思い込みが、ミレイアの中からフッと消える。
そもそも博士は実験主義だ。
何でも試すため、家ではできない。
爆発するかも知れないから。
そうなると、自分で片付ける必要がある。
だったら、お外でやるかーという判断なのだろう。
おそらく冷蔵庫を開発したのも、「残り物を保存するためだ」とか言い出すに違いない。
「おまたせしました」
調理時間が短いながら、ミレイアは手早く数品を作り終えた。
「ありがとう! いっただっきまーす!」
博士はツナサラダをもしゃもしゃと頬張っては、酒をグビグビとラッパ飲みする。
普段からアルコールを嗜まないミレイアから見ても、気持ち良さげな飲みっぷりだ。
「おいしい! さすがトゥーリのメイドだね!」
「ありがとうございます。それより、質問が」
部屋に入った当初、ミレイアは目を疑った。
冷蔵庫に、金属製の四肢が付けられていたから。
「あれはたしかに冷蔵庫、ですわよね?」
手足の付いた冷蔵庫など、聞いたことがないが。
「そうだよ。ワタシの弟子一号」
「お弟子様は、人間ではありませんでしたのね?」
「うん。人造人間」
言われてみれば、シオン博士の弟子が人間であるなんて聞いていなかった。
確かに、天井部分に乗っかっているのは半球状の頭とも言える。2つレンズが目のように光っていた。
「あんまり貴族が協力しろってうるさいから、『これどうぞ』ってあげたんだよ。労働力として」
仕方ないという風に、貴族はゴーレムを連れて帰ったらしい。
二足歩行できるとはいえ簡単な構造なので、悪用もしづらいだろうと。
だが、ゴーレムは貴族の秘密を知ってしまう。
「情報を伝える前に死んじゃったから、データも残っていないんだ。このまま捨てるのもアレだしと思って、リサイクルした」
冷蔵庫を見つめながら、シオン博士はより多く酒を流し込む。
「カメラ機能でも付けておけばよかったな。映像として残しておけば、貴族を追っ払える証拠が手に入ったのに」
悔しそうに、博士は酒瓶をテーブルにドンと置く。
随分と、不機嫌な顔になったなと、ミレイアは思う。
「あれ、お酒が回りすぎたかな……」
博士は目を、手で拭った。
「なるべく人間に似せないように作ったんだけどね。ダメだ」
鼻をすすりながら、シオン博士はなおも酒を飲む。
無機物のために、涙を流せるなんて。
アイアンゴーレムは、博士にとっては家族も同然だったのだろう。
「飲みすぎです。お控えになって」
「ワタシは、弟子を殺したやつを許さない。キミに、犯人の討伐を依頼したい」
真剣な眼差しを、博士は向けてくる。
「わかりましたから……!」
上空に、強力な魔力の反応が。
「博士、伏せてください!」
急いで、シオン博士をテーブルの下に伏せさせた。
直後、轟雷が研究所に落下する。
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