合法ロリ

 街の規模は小さく、家もそれほど立派ではない。技術屋ばかりの街を思わせる。


 案内された銭湯には、まだ人の気配がない。博士が言うには、夕方から混みだすという。


「だいたい、この街の人は一日の終りに銭湯に浸かって、帰りに外食か、一杯引っ掛けて帰るよ」

 博士は言いながら、更衣室でオーバーオールを脱ぐ。


 生活感のない日々だ。まるっきり労働者ではないか。しかし、街の人々は納得している様子である。住むだけなら、税金が安くて便利だからだという。


「ワタシもこっちに移ってきたのは、税金が安いからだし。お互い干渉もしてこないから、楽だよ」


 しかし、最近この地を収めた貴族が、やたら重税をかけてきているらしい。


「その貴族が、怪しいと?」

「うん。ワタシはそう睨んでいるよ」


 話を聞きながら、ミレイアは博士の体つきに目を奪われている。


 それにしても、大きい。


 男爵様の世界では、彼女のような体つきを「ロリ巨乳」だか「トランジスタ・グラマー」だかと呼ばれるらしい。


「やっほーっ」

 かけ湯をして、博士は石鹸で身体をこすっただけで湯に浸かろうとする。

 お行儀は良くない。汚れは取れていたからいいものの。


「お待ちを。お背中をお流ししますわ」


「ほんとに? ありがと」

 背の低いイスに座り、シオン博士は背を向ける。


 タオルに石鹸をつけて、博士の背中を洗う。 


「失礼ですが、おいくつなのです?」

「ワタシ? 六九だよ」


 ミレイアの手が止まった。


 祖母より年上ではないか。

 それでこんなちっこいのか。

 合法ロリだな。


「っ⁉ お待ちを……ということは?」


 そうだ。博士は男爵と同い年ということに。


「お察しの通り、ワタシはあんたのご主人さまとタメだよ」


 背中を洗うことさえ忘れ、ミレイアはシオン博士の背中に手を置いたまま、フリーズしてしまった。


「失礼しました」

 我に返り、ミレイアは背中が流すことに専念する。


「やっぱ、そういう反応になっちゃうよね」

 博士が、苦笑いを浮かべた。


「トゥーリも信じなかったもん。ワタシはダメ歳だって」


「驚きました。ノームの身体的特徴を甘く見ておりましたわ」


 博士の体についた石鹸を、ミレイアは湯で流す。


「いいっていいって。慣れてるからね」

「ノーム族は、みなさんそんな感じなのでしょうか?」

「まあね」


 同じ小型の種族でも、ドワーフと違ってノームはグラマーな人が多いという。


「ていうかドワーフがツルペタすぎるんだよ。あのエリザ王女とかいうの、見たことない? ザ・絶壁だよね」


 唐突にドワーフ、というかエリザ姫へのディスりが始まる。


 それよりエリザ姫がドワーフだということを、人づてで知ることになるとは。

 どうりで強いわけだ。


 頭も洗い終えて、湯をかける。


「ありがとうね。今度は、ワタシが流してあげよう」

 ミレイアが自分の身体を洗おうとしたら、博士がタオルを取り上げた。


「いえ、そんな。使用人がご依頼主様に洗ってもらうわけには」

「ご依頼主様が洗いたいんだから、いいって」


「では」

 さすがに、ここで断るとよくなさそうだ。仕方なくミレイアは背を向ける。


「ふむふむ、なるほど」

「何が、なるほどと?」

「いやね。見た目からしてムチムチかなと思っていたけど、鍛えられているなって」


 インナーマッスルのことを言っているのだろう。


 最強の力を手に入れたミレイアといえど、日頃の鍛錬は怠らない。慢心は敵だ。舐めプで勝てるほど、魔族は甘くないだろう。


「ふむふむ。お肌スベスベだぁ。腰のクビレがすごいね。さすが若い子は違うな。足の長さも、石膏像みたいだ」


 博士の洗い方は、くすぐったい。なんというか、洗うこと以外が目的のようだ。全身を撫で回すかのような。

 

「ミレイア、ちょっと前を向いて。それと脚を広げてもらえるかな?」


 シオン博士が、とんでもないことを口にした。


 ピィが「変人だから気をつけろ」と言ったのは、これだったのか!


「あ、あとは自分でしますから、ごゆっくり」


 天才ノームの頼みと言えど、百合趣味に付き合う趣味はない。無理やりタオルを取り上げ、ミレイアは自分で身体を洗い出す。


「うーん。もうちょっと確認したかったんだけどな」


 何を確かめるというのか。


 ミレイアとの背中流しっこをあきらめ、シオン博士は湯に浸かる。


「はあ、やっぱり発明を終えた後は、お風呂だねぇ」


 背泳ぎの状態で、博士はつぶやいた。二つの島が、主張するかのように浮かんでいる。


「博士ほどの美貌をお持ちでしたなら、男爵様はさぞ、持て余したのではないでしょうか?」


 体を洗いながら尋ねると、シオン博士が湯船から立ち上がった。


「それがさぁ! あいつってばワタシの着替えに遭遇しても、顔色ひとつ変えないんだよ! ひどくない?」


 思考が、まるで年頃の乙女だ。歳は彼女のほうが上と聞いたが。


 夕飯の買い出しを終えて、いよいよシオン博士のラボへ。



「トゥーリから話は聞いているよ。腕利きのハンターなんだって?」

 瓶入りの酒を買って、シオン博士は聞いてきた。


「はい。男爵様はワタクシを信頼して、送り出してくださいました」

「そうか。じゃあ、願ったり叶ったりだ」

「具体的に、ワタクシはどうすれば?」



「やっつけてほしいヤツがいる」

 ハッキリとした、澄んだ声でシオン博士は語った。



「凧の作成も、その一環なんだよ。弟子の仇を討つために」



 シオン博士は、空を睨みつける。


 まるで、遥か空の向こうに敵がいるみたいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る