ビスタシオン・オジャ博士
早速、オジャ氏の屋敷へ向かった。
馬車で二日ほど行く道のりだが、急なこともあり、煉獄タクシーを通っていく。
いきなり街のど真ん中にメイドが現れたら、門番に何を言われるかわからない。適当な草原に停車してもらい、徒歩でオジャ氏の元へ。
「うわー止まってぇ!」
左方向から、少女の声がした。
何事かと、ミレイアは声の方へ向く。
L字型のの飛来物が、風を切ってミレイアに迫ってくるではないか。なにか大きなブーメランのようだが、旋回はしていない。薄っぺらい鉄のカタマリと形容すべきか。
平たい鉄塊の上には、小さな少女が乗っていた。特大ブーメランの中心についた操縦桿を、手袋をした手で握っている。
「どいてどいて! ぶつかるぅ!」
操縦している人物は、慌てふためいていた。
さりげなく、ミレイアはスルーする。動き自体はスローだったので、回避は造作もない。
「ぶへええ!」
鉄塊が、草むらに突っ込む。
大きくバウンドして、盛大に土をえぐった。
鉄塊の正体は、巨大な凧のようである。持ち手があり、これに乗って飛行の実験を行っていたらしい。
「わああああ!」
少女の身体が、天空から真下に墜落する。このままでは、首から地面に落下してしまう。頭を引っ込めて、受け身を取ろうとしていた。
だが、大事故は免れない。
「おっと」
急いで、ムチを展開して少女を助けた。
到着早々、人に死なれてはたまらない。
「あいたっ」
巨大タコ運転手が、草むらに尻餅をつく。
どうやら、救助は間に合ったようだ。タイミングが悪く、転倒させてしまったが。
「あなたが助けてくれたの? ありがとう!」
起き上がった女性は、尻をさすりながら、ミレイアに歩み寄ってきた。ブカブカのオーバーオールを着ている。だが、それでも豊満な胸ははち切れそうだ。
「ごめんなさい! 操縦桿にトラブルが発生して、コントロールが効かなくなっちゃって。ケガはない?」
ゴーグルを外し、女性が詫びを入れる。
見た様子では、かなり幼い印象を受けた。
自分と三つほどしか違わないような。それでいて、プロポーションは大人顔負けである。
「ご安心を。鍛えていますから」
ミレイアは、スカートに付いたわずかな砂を払う。
「ふええ。冒険者でも飛んで逃げるのに」
「並の冒険者では、そうでしょうね。ですがワタクシは、誇り高きトゥーリ男爵のメイド。ヴェスタ村のミレイアでございますから」
「ああ、あんたが!」
少女は顔についた泥をタオルで落とす。
「どもどもー。ワタシがビシタシオン・オジャだよ」
ノームとは聞いていたが、こんな小さい子が博士とは。
「ミレイアです。今後もよろしくお願いします、オジャ博士」
「シオンでいいよ。あいつもそう呼んでいるから」
博士は男爵を、「あいつ」と呼ぶらしい。
男爵と相当、距離が近かったように思われる。
「かしこまりました。では改めてよろしく。シオン博士」
「それよりさ、今のすごかったね?」
おそらくシオン博士は、ミレイアのムチを言っているのだろう。
「ワタクシの武器です」
「魔女と契約しているってのは、ホントみたいだね?」
「ええ。魔女【
解説すると、シオン博士はゲラゲラと笑う。
「アハハ! オバサンだって。ウケるーっ! でも、すごいね。普通魔女に取り憑かれたら発狂するのにさ。正気を保てないどころか、最悪身体を奪われちゃう」
「鍛えていますから」
「訓練でどうにかなるレベルじゃないんだけどね……」
「それよりラボへ戻りましょう。あなたは命を狙われています。避難せねば」
ミレイアは鉄製凧を片付けようとする。
アレだけの大事故でありながら、凧はへし折れてすらいない。
「いいって。私がやるから」
博士が、凧を手にとった。
「ワタクシは、あなたのお世話を任されたので」
「それが大丈夫なんだって。ホレ」
なんと、シオン博士は凧を軽々と持ち上げたではないか。まるで折り紙のように、凧を小さく折りたたむ。力も入れていない。
財布のサイズばりに、凧は縮んだ。
「とてつもないバカ力をお持ちで」
ミレイアが目を丸くしていると、「違う違う」とシオン博士が手をヒラヒラとする。
「この凧は、超軽量の金属を使用しているの。だから浮くんだよ」
博士が、折りたたまれた凧をミレイアに持たせてくれた。
軽い。紙切れのようだ。
「なるほど。勉強になります」
まるでピィと話しているみたいだ。親しみやすい。
「どうしたの? あんた」
「いいえ。知り合いに雰囲気が似ていたものですから」
「ピィでしょ?」
驚くことに、ピィの名がシオン博士の口から出た。
「あの方をご存知なのですか?」
「だってワタシ、ピィの元飼い主だからね」
言いながら、シオン博士が凧をリュックに入れて背負う。
「お互い泥だらけだね。銭湯行こっか?」
「ご入浴ですか、ご用意いたします」
「ウチ、お風呂ないんだよねー。だから、ね?」
まだ一四時だ。夕食までは時間がある。
「ご一緒いたします」
「やったあ。こっちこっち」
博士はミレイアの手を引く。街の案内も兼ねて、風呂場へ連れて行ってくれるそうだ。
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