背信者《ハイシンシャ》
「他の民間人も同じです。錯覚させていますわ」
今ごろ、他の住民たちも、タダの丸太やツボ相手に、武器を振り下ろしているころだろう。
「そこまでできるの?」
「ワタクシの手にかかれば、この程度。あなたは、分かっていましたわね、イルマさん?」
ミレイアが尋ねると、イルマはうなずく。
「はい。認識阻害のちょっとした応用ですよね? 相手の注意をそらすのに使います」
「そのとおりです、イルマ様。さて」
ミレイアは、街の中央にある時計台に目を移す。
「こんな小さな子に殺されるなんて、魔物も大したことございませんわね」
時計塔の上に立つ人物に、ミレイアは挑発した。
「つっかえないわねぇ! これだから下級魔族ってキライなの!」
屋根の上にいるのは、一〇代くらいの吸血鬼である。ふんわりとしたウェーブの金髪と、控えめな胸という、幼い印象を与える少女だ。赤と白のストライプのビキニを着ている。
「そっか。あなたはあの少女の注意を、こちらに向けさせるつもりで」
「ご想像の通りですわ。彼女を激怒させて、情報を掴むために」
派手に邪魔をしてやれば、目立ちたがりな相手は必ず顔を出すと踏んだ。
「せっかくさー。この街に池を作って、人間の血液でナイトプールするつもりだったのに。バズること間違いなしっしょ」
話す少女の口には、獣のような牙が生えていた。
間違いない。彼女が吸血鬼だ。
「あなたが、キアーラ様ですかしらね? ボス自らおでましということは、もう正体を隠す必要はなくなったと」
「そうよ、そうよ。この日をどれだけ待ち望んだことか! これで大手を振って、好きなだけ街を歩いて人を殺しまくれると思ってた! だから、邪魔なライカンを始末したのに!」
やはり、ライカンを殺して回ったのはこの女で間違いない。
「人間の血を集めてナイトプールにする、とおっしゃってましたが?」
「あたしらは、
背信者、だと?
「魔女、なんですのそいつらは?」
『魔界には、映像を遠隔公開する機能が備わってるんや。人間を襲って殺して、残酷な映像や画像を「配信する」ねん』
本来、こういったサービスは、神々の「奇跡」などを配信する。
修行者に寄る神々の教え、小銭を拾った映像、かわいらしい動物など。
だが、それだけでは満足できない輩もいる。魔族たちだ。
魔界には、人間界に干渉できない者もいる。
彼らを楽しませるため、そういうサービスがあるらしい。
『管理局にはランキングがあって、上位にいるやつが人気やねん』
中でもトップクラスにランキング入りした凶悪なアップロード者のことを、魔界では【背信者】というらしい。
映像は、残酷であればあるほど魔界ではウケるという。
『せやけど、ここまでやるんは異常や。あんたら、何が目的や?』
彼ら背信者は、人に迷惑をかけることをなんとも思っていない。
それどころか、迷惑をかけたほうがむしろバズる。
非道を正当化する、最悪の存在だった。
「要はバズったら、何でもありなの。バズったやつが魔王ってことで、魔族同士で競い合ってるの」
『なるほど。魔族の実況ネットワークを逆手に取って、次期魔王を選抜しとるんやな?』
「そういうこと。趣味と実益を兼ねたサービスって最高! バズって魔王はあたしのもの!」
両手を天に掲げて、キアーラは高笑いをする。
「その前に、あんたを殺っちゃわないと!」
時計塔から、キアーラが急降下してきた。
「肉弾戦ですわね。受けて立ちましょう」
「たいした余裕ね!」
キアーラが、ハイヒールでカカト落としを見舞う。
紙一重で、ミレイアは蹴りをかわした。
カカトが落とされた地点から、地割れが起きる。
少女が、奈落に落ちそうになった。
ミレイアが、少女をムチですくいあげる。ムチが生き物のようにくねり、少女をゆっくりと下ろす。
その油断を見逃すキアーラではない。ミレイアが少女の相手をしている間に、ケリや突きを繰り出した。
攻撃を浴びるつもりも、キアーラの相手をまともにしてやるつもりも、ミレイアにはない。
キアーラの動きなど、止まって見える。見るまでもない。
「避けてばかりじゃ、倒せないわよ!」
攻撃のことごとくをかわされても、この言いよう。
キアーラは、自身が格上だと信じて疑っていなかった。
『この程度の魔族すら満足に集められへんお前に、我は倒せんで』
「つ、強がりはそこまでにしたら、老害? お帰りはあちらよ!」
心臓めがけ、キアーラが長い爪で刺しにかかる。
カウンターに、みぞおちへ一発蹴りを入れた。
「ぐほええ!」
腹に黒のヒールがめり込んで、とても王女とは思えない顔になる。
「あらぁ、どこかに牛でもいらっしゃるのでしょうか? あっ、あなたでしたか」
少しも悪びれることなく、ミレイアはわざわざ足をどけてさしあげた。
「ごめんあそばせ。あなたほどの腕前なら、この卑しいメイドめの足など跳ね返すと思っていましたから。こんなにも鈍くさいとは思いませんでしたわ!」
「っちいい!」
飛び退いて、キアーラが距離を取る。
「こうなったら、奥の手よ!」
キアーラが、手から黒い炎を喚び出す。
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