わたくしがイカねば、誰がイク?

 ミレイアが言うと、アメスが男爵に膝をつく。


「姉は命をかけて、この制御装置をあたしに託した。騎士団は当てにならない。でもトゥーリ男爵こと、勇者トウリ・コヒルイマキ様なら、魔物ハンターをしている男爵なら、きっと聞き入れてくれるからと!」


 さっきまで捕まえると息巻いていたエリザすら、アメスの気迫に圧倒されている。


「お願いです、トゥーリ男爵様。姉の仇を! その後で、あたしは騎士団に出頭します! あなたのご迷惑にはなりませんから! お金はありませんが、働いて必ず!」


「お金は結構。ですが」

 トゥーリ男爵は、言いづらそうに告げた。

「私はこの土地に居座ることで、魔王残党の侵攻を阻止しています。私が、この屋敷を留守にするわけには」


 話を聞いて、アメスの顔は絶望に染まる。


「そんな。もう勇者様しか、頼る人が」

「はい。吸血鬼は手強い。並の冒険者では返り討ちにあってしまう。私のもとに来たのは懸命なご判断かと」


 制御装置がない今、伯爵の口封じも効かなくなっているはず。

 叩くなら、今しかない。

 

 早く戻らねば、伯爵はまた制御装置を手に入れてしまう。

 そうなれば、もう足がつかなくなるに違いない。


「しかし、手を貸していただけないと」


「申し訳ない」

 心苦しそうに、男爵はアメスの問いにうなずく。



 こんな悲しい顔を、男爵様にさせてはダメだ。絶対に。



「わかりました。では、ワタクシが参りましょう」



「お前、正気か?」

 青筋を立てて、クーゴンはミレイアを睨む。


「でも、ワタクシしかいないでしょう? 男爵、このミレイアはしばらく御暇させていただきます。誰もいけないのでしたら、ワタクシをコマとしてお使いくださいませ」

 ミレイアは、男爵に外出の許可を願う。


「バカかテメエは⁉ 相手はヴァンパイアだぞ! どれだけの実力か、わからねえんだ!」

 クーゴンが、ミレイアの胸ぐらをつかむ。



「その太い腕をどけてくださるかしら、ゴリラ!」

「オレが行く。お前が男爵をお守りしろ」

「わたくしのようなもののほうが、相手も油断なさるでしょう。今のあなたには、子守がお似合いです」


「ミレイアてめえ!」

 怒りをぶつけてくるクーゴンを相手にせず、ミレイアは男爵に許可をとる。


「旦那様、お時間いただけますでしょうか?」


「わかった。キミを信じよう」

 ミレイアは一礼した。


「男爵、どうして⁉」

「指輪の呪いのせいだ」


 そう。ミレイアの所持している指輪は、定期的に魔族を食わないと、ミレイアの精神を食らい付くしてしまうのだ。

 命を吸われたミレイアは自我を失い、魔女化する。


「厄介なヤロウに取り憑かれやがって!」


「その厄介なヤロウと契約したおかげで、今のワタクシがいますの。そうですわよね、オバサン」

 ミレイアは、厄介なヤロウである「太きオバサン」に語りかけた。


『ヴァンパイアか。相手にとって不足はあらへん。ゴチになろうやないの。せやけど、ええんか? より死に近づくんやで』 

「どうでもいいですわ。この生命は、男爵のもの」


 呪いなんて、意に介さない。この力を使い潰す。男爵のため。



「チッ。そういうと思ったぜ」

 クーゴンが、ミレイアのトラベルバッグを蹴ってよこす。


「どうして、あなたが持っていますの?」

「イヒヒ。申し訳ないでヤンス。拝借いたしたでヤンス」


 ピィの仕業か。思っていたより抜け目がない。


 怒り半分で受け取ったが、妙な重さを感じた。


「自慢のカバンを持っていけ。武器弾薬、大量に詰め込んである」


「中身を見ましたの?」

 秒速で、ミレイアは中身を確認する。


 何も取られていない。どころか、荷物が増えていた。

 カバンそのものを、武装として扱えるようになっている。


「空だったろーがっ。誰もお前の所持品なんて興味ねえ」


 装備にもなるカバンだから、持って行けとのことだ。


「それと、コイツもな」


 投げつけられたのは、鈴である。持ち手に、ドクロの彫り物がしてあった。


「冥界から、タクシーを呼び出せる。それに乗っていけば、一時間で着くぜ」


 伯爵の街までは、馬車でもまる二日かかる。

 これはありがたい。


「あたしもついて行くわ。あんたのビッグマウスが本物か見届けてから、すべてを決めるわよ」


 アメスを男爵に預け、「逃したらあんたらを没落させるから」と脅す。


 表に出て、ミレイアは鈴を鳴らした。


 天空から、白骨化した二頭の馬が舞い降りる。禍々しい鎖で、荷台を引っ張っていた。

 ガイコツの御者が何もしなくても、扉がひとりでに開く。

 これに乗れというのか。 


 男爵が、外に出てきた。


「では男爵様、行ってまいります」

「お気をつけて」

「アメスをよろしくお願いしますね」


 ミレイアの後に、エリザとイルマが続く。

 

 三人を乗せた白骨馬車が、急上昇した。なにもない虚空をひた走る。


「お二方、本日はありがとうございました」

「何よ、あらたまって?」

 ミレイアが謙虚な態度を取り始めたので、エリザが困惑している。

「アメスの言葉を信じてくださいましたわ」


「いいわよ。遠慮しないで。ただし、嘘だったら承知しないから」

「こんな手の込んだウソなど、思いつきませんわ」

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