猫なで声
ミレイアの出したお茶でノドを癒やし、アメスは男爵に事情を説明する。
「あなたのお話はよくわかりました。しかして、どう信用をすれば?」
トゥーリ男爵は、話を聞いても信じていいか判断しかねている様子だった。
それもそうだ。ココは駆け込み寺ではない。いきなり押しかけてきた自称目撃者を、おいそれと信用してなるものか、と。
やはり、個人的に対処すべきか。
ミレイアがそう覚悟していた矢先、アメスが何かをテーブルにコトリと置いた。
「これを見せれば、お分りになるかと」
ブローチである。複雑な装飾で、どこか禍々しい。
怪しげな魅力を放つ。
三日月のように光るのは、猫目石だ。
「なるほど。信じましょう!」
男爵の顔つきが、変わった。
「クーゴン、それは?」
「制御ブローチだ。ピィ、このお嬢様にわかりやすくご説明しろ」
食事を用意していたピィが、「へい」と、ミレイアの前に。
「この宝玉があるでヤンショ? 魔族はこの力で自身の正体を包み隠しているでヤンス」
「正体を隠す……まさか、認識阻害⁉」
「ご名答、でヤンス」
このような制御装置を用いて、魔族は正体を隠して、人に紛れているという。
王都でも正体を暴くアンチ制御装置を開発中だ。が、魔族は更に上を行く。イタチごっこは、今も続いていた。
「ちょっと失礼。ほほう」
魔女の力を得たミレイアなら詳しいことがわかると思っていたが、なるほど。
「それだけではない。アメス、あなたからは、わずかに血の匂いが」
ハッとなった表情で、アメスはメイド服の袖をかぐ。
「アサシン、ですね? ですが、あなたからは人を殺めた気配は感じない。おそらくあなたが斥候を担当し、殺しは別の人物……ひょっとして、被害者ですかな?」
「はい。殺されたのは、アタシの姉です」
ネコ族少女の瞳が、憎しみの色に染まった。
だから、男爵にもわかったのであろう。
「我ら冒険者姉妹は、ギルドから伯爵令嬢抹殺の任務を受けたのです。素性を隠し、メイドとして潜伏しました。制御装置を盗み、その姿を大衆に晒そうとして、退治する大義名分を得ようと」
だが、失敗してしまった。
「どうして、大義名分が必要だったのです?」
「アタシらライカンは、ガラヴァーニから迫害を受けていて。しかし、貴族の息がかかった政府は相手にしてくれず。仕方なく、暗殺ギルドを」
アメスたちライカンは、伯爵の息がかかった要人たちを、次々と手にかけていった。しかし、伯爵まであと一歩というところで、こちらの動きが読まれてしまう。
「キアーラ自らが、アジトを襲撃してきて、姉が真っ先にやられました」
アメスも、逃げるのが精一杯だったらしい。
姉から託されたキアーラのブローチを握りしめ、男爵を頼りにきた。
「どうして、すぐに騎士団を頼らなかったのです?」
「多分、殺人の容疑をかけられたからでは?」
ミレイアは断言する。
青ざめた顔で、アメスが「どうして、知っているんですか?」と聞き返す。
「この制御装置の形状を見ていれば、分かりますわ」
正確には、魔女の力を借りて分かったのだが。
「ご説明を……」
ミレイアが話そうとした瞬間、ドンドン、と扉が荒々しくノックされる。
「夜分ごめんなさぁい。ヴァルカマ王国騎士でぇす」
「隊長のエリザベートよ!」
先に、イルマの声がした。続いて、エリザの大きな声が。
「あなたには、ガラヴァーニ伯爵のメイドを匿っている嫌疑がかけられているわ! 今すぐここを開けなさい! たとえ男爵と言えど、聴取は免れないわよ!」
清々しいほどの説明ゼリフどうもありがとう、と、ミレイアは心の中で毒づく。
「早くしなさい! あんたたちが隠しているのは、お見通しなのよ!」
再び、エリザが激しくドアを叩く。
「ちょうどいいサンプルがいますわ。アメスさん、ブローチを」
「は、はい」
ミレイアは、テーブルにあるブローチを、自らの胸につけた。玄関を開ける。
「コイヴマキ男爵、出てきな……!」
「なーお」
猫なで声を出して、ミレイアはエリザ騎士隊長を出迎えた。手もニャンコポーズにしながら。
エリザが、あっけにとられた顔の状態で、棒立ちになる。
隣のイルマも。
「あなた、ライカンだったの?」
「別に。この制御装置の効果ですわ」
ミレイアはブローチを外す。
「アメスとかいうメイドは、いるわね?」
エリザは、アメスの姿をすぐに発見した。
「やっぱり、あんたが匿っていたのね?」
「さすがですね。よくおわかりになって」
ちっともさすがではない。遅すぎるくらいなのだが。
「泳がせたの! それくらいわからないの?」
「ワタクシも、尾行させていたことに、お気づきになりませんでしたの?」
わかっていた。
わざとエリザの動きを見越して、こちらでかばっていたのだ。
エリザだけでは解決できない問題だったから。
「トゥーリ・コイヴマキ男爵。今すぐ、その子を引き渡しなさい!」
「お断りします。まだ、お話を全部聞いていません」
アメスは、男爵に肩を撫でてもらっている。
「あんた、誰をかばっているのか、わかっているの⁉」
「彼女は依頼人です。ハンターである私に、魔物退治を頼みに来ました」
「その子は、人殺しよ!」
エリザは、アメスを指差す。
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