小さな依頼人
「ご、ごめんなさい」
まだ息が整っていない状態で、イルマタルは頭を下げる。
「謝ることなど、何もございませんわ。アンケロ様」
自分がケンカを売ったのだ。男爵を侮辱されたから。
「イルマで結構です、ミレイアさん」
言ってから、イルマはエリザの背中を目で追う。
「うちのたいちょーがすいません。悪い人ではないのですが」
「理解しております」
威張り散らしていながら、エリザ姫を見る民の視線は温かい。
彼女は、民衆を怖がらせるボスと言うより、国のマスコットとして慕われている存在なのだろう。
「おそらく少女のことも、処罰するためではなく、純粋に保護なさりたいのでしょう。とはいえ、騎士団という立場上、貴族の意見を優先せざるを得ない。おおかた、そんなところでしょう」
ミレイアもそう思って、姫の注意を自分に向けさせた。
「さすがあの男爵様のメイドさんですね。鋭い洞察力でございます」
「いえ。イルマ様も、ワタクシめなどに敬語など」
「この方が話しやすいのです。エリザたいちょーのこと、嫌いにならないでくださいね。むしろ積極的に絡んでください」
「もちろん……?」
ちょっと何を言っているのかわからない。
「できれば、わたしの目の前でキャットファイトなんてしていただけると、非常に捗りますので。ハアッハアッ」
どうやら、息苦しいのではなく、ミレイアとエリザがケンカしているさまを見て興奮している様子だ。彼女の性癖は、イマイチ掴めない。
「なにか分かったら、ご一報くださいね。それじゃあ」
ペコペコと低姿勢を保ったまま、イルマは去っていく。
「もう安心ですわ」
果物の入ったカゴを持って、ミレイアは馬車へ戻る。
馬車には、すでに大量の食材が積んであった。
「イヒヒ。大した演技だったでヤンスね、お嬢」
「ごめんなさい、手伝えませんで」
「いやいや、あっしだって聖獣でヤンス。これしきのこと」
ピィが愉快そうに笑う。
「早く馬車へ。怪しまれるでヤンス」
「はい。あなた、お話は馬車の中で」
麻袋がピクリと動き、中から少女がミレイアを覗き込んだ。
街を離れても、まだ警戒を怠らない。
袋に入ってもらったまま、事情を聞くことに。
「何がございましたの?」
「答えてもらわなければ、旦那とも相談できないでヤンス」
だが、声がしない。まだ、信用されていないようだ。
聞こえたのは、腹の虫だけ。
ミレイアは、買い物かごからリンゴを出して、麻袋に放り込む。
「お食べなさいませ。餓死でもされたら、たまりませんわ」
そう告げても、少女はリンゴを手に取ろうとしない。
ピィにも一つ投げ渡し、ミレイアもリンゴをかじった。
危ないものではないと理解したのだろう。
少女はリンゴをうさぎのように、ホチホチと口へ運ぶ。
川の流れとリンゴの咀嚼音だけが、何もない草原に響く。
「お名前を」
「アメス、です」
怯えた声で、アメスは答えた。
「ライカンですわね?」
「え、ええ」
カチューシャに隠れているが、短い茶髪の中に、ネコの耳が隠れている。
「メイドの格好をしたネコ耳族なんぞ、どうして保護したでヤンスか?」
「この子に抱きつかれた時、記憶が見えました。あなた、魔族に襲われたでしょ?」
麻袋が、またも動く。
理解者が現れたからか、アメスは感情を開放して泣き出した。
「怖い思いをなさったのですね。ワタクシでよければ、お話を聞きますわ」
アメスが落ち着いたタイミングで、ミレイアは再び話しかける。
「王女様が、人殺しを」
話によると、ガラヴァーニ伯爵の一人娘であるキアーラが、町の住人を食べているところを見てしまったという。
「イヒヒ。それは、穏やかではないでヤンスな」
「お嬢様は鬼です! それで、この近くに住むハンター様に、討伐のお願いを」
魔物退治を依頼するため、わざわざこんな辺境まで。
「討伐依頼なら、冒険者ギルドを介していただかないと」
「キアーラ様は……いやキアーラは吸血鬼。上位のアンデッドです。実は、お嬢様に殺されたのも、ギルドから依頼されたハンターでして」
「なるほど。それで、姫騎士に」
アメスは、首を振った。
「相手は貴族様です。信用してもらえません」
それどころか、逆に泥棒の嫌疑をかけられてしまった。
先手を取られたのである。
よって、エリザベート隊長の協力も得られない。
「では、誰に依頼を?」
「トウリ・コヒルイマキ様です。こちらではコイヴマキ卿を名乗ってらっしゃるとか」
まさか。アメスの頼みの綱が、ミレイアの旦那様だとは。
「少々、急ぐでヤンス」
「お願いします。リンゴは全部差し上げますわ。好きなだけお召し上がりください」
今日は自慢のアップルパイを焼いて差し上げたかったが、仕方がない。
「まったく。お人好しが過ぎましたわ。軽めの要件でしたら、ワタクシがさっさと片付ける予定でしたのに」
「もう一度聞くでヤンス。どうして関わろうとしたでヤンスか?」
「魔族が関わっている以上、旦那さまの指示を仰ぐ必要があるでしょう。それに」
ミレイアの目に、怒りの炎が湧き上がる。
「男爵様の庭を荒らす輩を、許すわけにはいきませんわ」
この地は、トゥーリ男爵様が救った世界だ。
また血で汚すなど、決して許されない。
男爵の守った世界を壊す不届き者は、
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