悪役令嬢メイド VS 姫騎士

「到着したでヤンスよ、お嬢」


 馬車で三〇分ほど向かった先に、街はあった。


 門前の小屋に馬車を停めて、二人は街に入る。


 街と言っても、市場が並んでいる程度だが。



「昔は、この地でも公開処刑なんてあったらしいでヤンス。今では考えられないでヤンスが」


 野菜を選びながら、ピィの話を聞く。


 領主であるトゥーリ男爵が統治してから、街に活気が戻ったらしい。


 平和な街に、そんな恐ろしいことがあったとは。


「今では至って何もないでヤンス。問題なんて……おや」


 ピィの向いた先に、騒ぎが起きていた。


 一人のチビっ子メイドが、こちらに走ってくる。

 少女はミレイアのスカートの影に隠れた。


「お願いします。匿って!」

 少女の手が震えている。


「待ちなさい!」

 赤い甲冑姿の女性が、辺りを見回していた。この少女を追いかけてきたようだ。

 少女より頭一個高い程度で、随分と背が低い。だが、騎士の出で立ちをしているくらいだから、相当の地位にいるだろう。

 見た目は子どもにしか見えないが。


「おまかせを。ピィ、お願いします」


 事情を察したミレイアは、少女を麻袋に入れて、ピィに担がせた。


「先に馬車で待ってるでヤンスよ」

 ピィが門へ向かう。


「あんた、ちょっといいかしら?」

 入れ替わりで、甲冑の女性がミレイアの前に。


 職質か。メイドだと、ひと目見てわからないわけでもあるまいて。


 赤い甲冑の少女は、下は透けたレースのミニスカート、一分丈のショートレギンス、白いニーソックスだ。


 上腕まで覆う長手袋も、ニーソックスに合わせている。


 肌を覆う密度が小さいように見えた。

 しかし見たトコロ、れっきとした魔導アイテムである。



 碧眼で金髪ツインテなんて、狙っているとしか思えない。


 チビ女は苦手だ。押しが強い母を思い出すから。



 少女が、胸部装甲に手を入れて、タグを取り出した。


「あたしはヴァルカマ王立騎士団の、エリサベート・ヴァルカマ隊長よ。こう見えて、第二王女なの」

 腰に手を当てて、エリザベートは偉そうに振る舞う。


 騎士団の証である紋章が、タグの裏に刻まれている。


「ヴァルカマ様。ああなるほど」

「知り合いだったかしら?」

「お名前だけは、存じ上げております」


 この地域を統べる王族か。

 生まれた大陸が違うため、まったく面識はないが。


 この地に来て、自分より地位の高い人物は初めて見たかも。


「見ない顔ね?」

「ヴェスタのミレイアと申します。以後お見知りおきを。ヴァルカマ卿」

「エリザでいいわ。みんなそう呼ぶから。で、メイドってどこに仕えているの?」


「トゥーリ男爵のメイドをつとめております。エリザ姫」

 ミレイアは、頭を下げる。


「ああ、あの変わり者の。いい趣味してるわね」

「と、言いますと」



「お盛んね、と言ったの」



 瞬時に、エリザベートを殴るリストに入れた。

 

 男爵は紳士である。

 まだ、男爵は手を出してらっしゃらない。

 いずれ手を出さえてみせるが。


「まあいいわ。あんたに聞きたいことがあるんだけど?」

「お貴族様に尋ねられることなど、ありませんが?」

「やけに反抗的じゃない」

 空のように青い瞳が、ミレイアを見据える。


 昔から、ミレイアは大の貴族嫌いだ。

 そうでなくても、偉そうにデカい態度を取るヤツはキライである。

 男爵様側仕えのゴリラとか。


 決して、自分が侯爵王女だからではない。

 相手を見下し、偉そうに振る舞う人物を好む人間なんて、この世にいるだろうか。


「メイドが公爵令嬢であるあたしにそんな態度を取って、タダで済むと思ってるの?」

「ワタクシは、姫のご期待に添えないと申し上げたまでですわ」


 いっそ正体をばらしてしまおうかと、考えがよぎった。

 だが、愛しの男爵様に迷惑をかけられない。

 押しとどまった。


「エリザたいちょー。ぜえぜえ」

 遅れてやってきたのは、ショートボブカットの巨乳魔術師である。

 ミレイアより背が高い。

 おとぎ話に出てきそうなほど可愛らしいエリザベートとは対照的に、胸元のあいたぴっちりセーターという、際どい衣装だ。

 深い切れ込みの入ったローブからは、肉感的な太ももが顕になる。


「パートナーの、イルマタル・アンケロです。騎士団の、副隊長です」


 体力がないのだろう。イルマタルは杖にもたれながらタグを出す。


「それで姫、お話とは?」

「そうよ! ここに、メイドの女の子が来なかった?」

 息を整えながら、エリザはミレイアに聞いてきた。


「メイドなら、ここにおりますが?」


「あんたのことじゃないわ。これくらい小さい」

 言いながら、エリザは右手を胸の位置まで持っていく。


「いいえ。そのメイドがなにか?」

「その子は、ガラヴァーニ伯爵のお屋敷に就いていたんだけど、脱走したの。何かを盗んでいったそうなんだけど」

「やけに遠くからいらしたのですね」


 遥か東の大国ではないか。


「で、あたしが伯爵に依頼されて探してるわけ。知らない?」

 ミレイアは首を振った。


「申し訳ありません、エリザ姫。存じ上げませんわ」

「ホントに? この辺りに出没したってネタは上がってるのよ?」

「トゥーリ男爵の名に誓って」


 空の色が、ミレイアの顔を覗き込んだ。


「あっそ。なにか隠してたら、タダじゃおかないわよ」

「かわいいエリザ姫にウソなどをついたら、バチが当たりますわ」

 フンと鼻を鳴らし、エリザは立ち去った。

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