はじめてのおつかい

 食後、男爵は再び庭へ。クーゴンと組み手に勤しむ。


「ごおお!」

 雄叫びを上げながら、クーゴンが男爵に殴りかかった。


 止めに入ろうかと思ったが、男爵は余裕の顔を浮かべる。


「ぬうん!」

 鞘から抜いていない刀で、男爵はクーゴンのパンチを受け止めた。


「どうした? それでは一生、私に刀を抜かせることはできぬぞ」

 あれだけの巨体を相手にしながら、御老体は笑っている。


「本来の力を出したらどうだ?」

「できぬとわかっていておっしゃるか! 屋敷が潰れてしまいかねませぬよ!」


 戦いながら、両雄は軽口を叩きあった。


 魔女の力を手に入れたミレイアの力を持ってしてもなお、クーゴンのコンビネーションをすべては捉えられない。


 なのに、男爵はすべてスウェーでかわす。老体とは思えぬ動きで。クーゴンの動きを、見切っているかのように。


 屈強なクーゴンが、翻弄されている。


 いけ好かない人物が圧倒されているのに、ミレイアはちっとも愉快な気分にならない。


 ここまで強かったのだ、男爵は。


 場違いな場所に、自分はお邪魔しているのではないか。男爵を本当にお世話をできるか、不安になってくる。


「では、お昼はクーゴンが男爵のお相手をして、ワタクシは夜のお相手すればよろしいので?」


 やせ細っているので、ご病気かと思っていた。

 が、元気ではないか。となると、夜伽の方も楽しみだ。


「ブレないでヤンスな、お嬢。イヒヒ」

 肩をガタガタさせながら、ピィは引き笑いをする。


 お守りする必要がないほど強い。ならば、身体を召し上がっていただくしか。


「ところで、あなたは組手をなさらないので?」

「あっしはもっぱら、情報収集がメインでヤンスよ。荒事はクーゴンに引き受けてもらうでヤンス」


 といっても、大したトラブルはココ最近では起きていないという。ミレイアは、すでに頭を切り替えていた。


「では、今から何を?」

「一緒に買い出しへ出かけるでヤンスよ、お嬢。イヒヒ」


 台所に、冷蔵用の蔵がある。

 ピィが、残りの食材のチェックをした。


「一人で行けますわ、ピィ。見くびらないでくださいまし」

「この街に慣れていないでヤンショ?」


 言われてみれば。


 ミレイアは、街の構造などに詳しくない。

 野盗を粉砕して冒険者ギルドを訪ねて以来、待に訪れる機会もなかった。

 

 しかし、家出の路銀を集めるため、多少の期間だけ冒険者をしていたのだ。

 街へ出れば知識も得られよう。


「道案内や街の人へのごあいさつも必要な行事でヤンス。でないと、印象が悪くなるでヤンス」



 やべえ……ミレイアは心の中で毒づいた。



 買い出しなら一人でも可能だ。野菜の選別方法もわかる。

 だが、あいさつ回りがあることを、失念していた。


 ミレイアは元聖女であり、そこそこ名の知れた令嬢である。

 もし、知っている人に出会ったら、言い訳できない。

 そんなリスクさえ予測できないほど、ミレイアは男爵に惚れ込んでいた。


 バカだ。こんな初歩的なことでつまずくなんて。


「では、行くでヤンス」


「はあ」

 買い物かごを持って、ミレイアは街へ向かう。

 服装は、ロングスカートで行く。

 男爵以外の人物に、肌を見せる必要なんてない。


 ピィは馬を出し、小型の台車を引く。

「お乗りになるでヤンス」


 お言葉に甘え、ミレイアは荷車に乗った。


「まだ、戦闘音が聞こえますわ」

 かなり移動したにもかかわらず、男爵とクーゴンの戦闘する様子が、こちらまで聞こえてくる。


「わざと響かせているでヤンスよ」


 派手に戦の音を轟かせることで、近隣の魔物を寄せ付けないようにしているらしい。


 夜明け前の素振りも、健康のためではなく、魔除けのためだとしたら。ミレイアは、自分の浅さに辟易した。


「わたくし、出過ぎたマネを」

「イヒヒ。そもそも旦那が夜中に素振りしなきゃならねえ世の中のほうが、間違ってるんでヤンス。魔物の動きが活発化しているのは、旦那も嗅ぎつけてるでヤンス」


 強い魔物が、目覚めかけている?


「ココ最近になって、野盗共の羽振りがよろしいでヤンショ?」

「ええ。確かに」


 捕らえた野盗共の装備などが、やけに豪華だった。

 魔法でコーティングされたナイフ、狂戦士を作り出す呪いのヨロイ、魔法を打ち出す拳銃。

 マジックアイテムとしては心もとないものばかりだが、実験道具としては素人でも扱いやすいものばかり。


「それって、まさか?」



「魔王復活を目論む奴らが、動いているみたいでヤンス」



 古の魔族たちが、魔王を復活させようとしているらしかった。

 配下だった貴族や魔物、野盗を操って。


「あっしら聖獣も、魔物の動向を探ってるでヤンスが、一向にしっぽを見せやがらねえでヤンスよ」


「聖獣、ですか」


 ピィやクーゴンは、勇者を守るために天から遣わされた聖なる獣らしい。


「あっしは、フクロウの化身でヤンス。本来なら、夜行性なんでヤンスよ。旦那たちの朝食を作ったら、夕方まで眠るようにしているでヤンス」


「では、お辛かったのでは?」


「老体にムチを打ったでヤンス。けど、これからはミレイア嬢がお昼を担当してくれるでヤンス。ありがたいでヤンスよ」


 だから、ミレイアを丁重に持て成してくれたのか。

 自分が楽をできるから。


 現金な男だ。


 しかし、悪い気はしない。

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