お屋敷は元ラブホ

「ごちそうさまでした、ピィ。お見事なお手前で」

「お粗末さまでヤンス。イヒヒ」


 ピィとともに、食器を片付けた。


 皿を洗いながら、ミレイアは男爵の食べ方に感心する。


 サンマの骨だけが、キレイに残っていたのだ。


「イヒヒ、作りがいがあるでヤンショ、お嬢?」

「そうですわね」


 ナイフとフォークではなく、一人だけ箸を使って食べていたこともあるだろう。それでも、ここまで料理を残さず食べる人物を、ミレイアは知らない。


「クーゴンの皿もキレイでヤンスが、あれは野獣の食い方でヤンス。何もかも丸のまま口へ放り込んでいた。下手をすると、意地汚く見えるでヤンス」


 あれには、ミレイアも辟易した。

 彼は、もう一度ゴリラからやり直したほうがいい。


「お皿を洗ったら、お掃除しながら屋敷の案内をするでヤンス」

「はい。よろしくお願いします」


 ミレイアは、屋敷じゅうの床を丁寧に拭く。お屋敷は広いが、ほとんどが客間だ。三階建てなのに、ミレイアを含めて四人しか住んでいない。


 大浴場もありつつ、各部屋に個室のシャワールームまで。

 まるで高級な宿屋である。


「えらく、お部屋を持て余していますわね」

「元々、セレブ用のオーベルジュだったでヤンスからね」


 つまり、宿を兼ねたレストランというわけか。


 シェフが、現地の良質な食材を食べてもらうために、建てたらしい。


「どうりで、食べ物が美味しいはずですわ」


「『建前上』は、でヤンス。本来はセレブが不貞を働けるように、用意したでヤンス」


 魔物が現れ、真っ先にこの宿が被害に遭った。

 すぐそばに魔王城が顕現するなんて思っていなかったから。

 そのため、持ち主が引き払ったのだ。


 そんな払下げの連れ込み宿ラブホを、イチから人の住める屋敷へと改装したのだという。


 話を聞いたミレイアは余計、掃除に精を出す。

 少しでもクソ貴族共の垢を落とさねば。


「魔族なら、人間の貴族に取り入ろうとするはずだと、すぐに気づけるはずですのに」

「いやあ、実は計画倒産だったそうなんでヤンス」


 なるほど。

 始めからこうなると予測して、屋敷を建てて貴族の隠れ家にした、と。後ろめたい理由で泊まることを前提に。

 口止めの代わりに、魔族に協力させていたらしい。


 結局、その宿主も闇に落ちて、勇者トゥーリに討たれたが。


 今でも、貴族内には魔族の血が流れている者も多いという。

 隠してはいるが。


「本当にあなたがたは、魔族たちの監視も兼ねているのですね」


 先日も男爵やクーゴンも話していたが、いよいよ真実めいてきた。


「みなさんのおかげで、今もこうして安全に暮らしていけるのですね」


 ミレイアがお辞儀をする様を、ピィが不思議そうな目で見ている。

「おとなしいでヤンスね。クーゴンのときのように、てっきり口答えするものかとばかり思っていたでヤンス」

 猫背のまま、ピィは首を曲げた。


「採用されましたから、目上の方にはそれなりの態度を取らねばと思いまして」

「殊勝な心がけでヤンスな。イヒヒ」

「このお屋敷を乗っ取るわけでは、ありませんから」


 本音を言えば、男爵のお嫁さんになりたい。


 とはいえ、財産が欲しいわけではなかった。

 金なんていらない。名誉も。単に男爵の側にいたいだけ。

 ならば、ピィの指示に従い、ノウハウを手に入れるのも悪くなかった。


「あなたとは、話しやすいですわ。食事を粗末に扱わない方は、親近感が持てます」


 最初こそ気味が悪かったが、話してみるとクーゴンより親しみやすい。話に棘を感じないからだろう。


「お上手でヤンスな、お嬢」

 イヒヒと笑いながら、ピィは作業に戻る。




 ミレイアは、昼食を任された。

 コーンスープを用いて、スープスパゲティを振る舞う。


 ミレイアのアイデアではない。

 男爵が、食べたいと言い出したのだ。



「とってもおいしいよ、ミレイア。塩加減も抜群だ。前にいた世界でも、こんなにおいしいスープパスタに出会ったことはない」

 男爵が、ミレイア特製スープスパを絶賛する。


 ありあわせのもので作っただけなのに。


「光栄ですわ男爵様。トウモロコシなんて、農民が食べるものですが」

 同じく食卓を囲みながら、ミレイアは質問した。


 大昔の貴族たちは、

「土に生えている野菜なんて、貴族の口にする物ではない」

 などと言っていたらしい。

 今でこそそんな風習は消え去ったが、未だ肉中心の食事だ。


 聖女の修行をしていたミレイアは、平然と根菜を食べていた。

 なので、野菜に抵抗はない。

 むしろ、率先しておいしいレシピを考えついたものである。

 もちろん、自分が楽しむためだ。

 楽しそうに食べてくれる仲間の姿を見て、うれしかったからではない。


「だから、食べておきたいんだ」


 農民と同じものを食べるのは、野菜の出来と経済状況を理解するためだとか。


「すばらしいお考えですわ。男爵様」

「でも、お肉にも手が伸びちゃうんですよね、私は、ダメな領主だ」


 肉料理は、野うさぎの足を使う。

 冒険者が獲ってきて、クーゴンが氷魔法で保存しておくのだという。今朝のサンマもそうだ。


 慣れない手付きで、男爵はナイフとフォークを使う。

 貴族のテーブルマナーを学ぶために食べているだけだとか。


「お気になさらないでくださいまし、男爵様。素敵な領主に仕えて、みながあなたに感謝してらっしゃいます。ですわよね?」


 ミレイアが尋ねると、ピィもクーゴンも男爵に会釈する。


「お前にしては、よくできた言葉じゃないか」

「ゴリラはバナナでも食ってなさいな」


 やはり、このゴリラは好きになれない。


「ありがとうみんな。おいしかった。ごちそうさまでした」


 皿に残った分もパンでキレイに拭き取って食べ、男爵は満足げな顔で食事を終えた。


 まさか、この後ミレイアに、試練が待ち構えていようとは。

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