第二話 あんたんトコのメイドでしょ⁉ はやくなんとかしなさいよ!
ゴキゲンな朝飯
「ふわぁ」
慣れない早起き脳に酸素を送り込むため、ミレイアはあくびを噛み殺す。
「随分と、寝ぼすけだな」
朝っぱらから、クーゴンは燕尾服にサングラスという決まった出で立ちだ。
まだ日が昇ってすらいないというのに。
「あなた方が、早すぎるのですわ。早起きは得だと昔から言い伝えがございます。が、所詮は銅貨三枚ほど。寝ていたほうがマシですわ」
「男爵様を見てみろ」
窓の向こうにある庭を、クーゴンが指差す。
我が愛しのトゥーリ男爵様は、刀を素振りしていた。いつからやっているのだろう。汗がにじみ出ていた。
「あれでも早起きは損だとでも言うのか?」
「眼福ですわ……けれど!」
慌てて、ミレイアはスカートを上げてスタスタと男爵の元へ。
「おはようございます。旦那様」
「ミレイア、おはよう。よく眠れたかい?」
「ええとても。して男爵様、この日課は」
「いつ魔物が来るか、分からない。じっとしていられないんだ」
そう言って、またしても男爵は剣をふろうとした。
「お言葉ですが、その修業は日が昇ってからのほうがよろしいのでは、と」
「どうしてだい?」
「朝早く起きることは、すばらしいのです。が、日が昇る前に起きることは、早起きとはいいません。人はそれを、夜ふかしと呼ぶのです」
「というと?」
「目に栄養がいかないのです」
かつて聖女時代に、聞いた話だ。
昔は、寮に住まうものは皆、早起きを強要されていたらしい。
早起きは体にいいと、誰もが思っていたからだ。
教官である教祖すら。
しかし、冬になると誰もが体調を崩す。これは、冬場だけに起きる減少だった。
そこへ、一人の冒険者が訪ねてくる。男装の剣士、ミフネ・コージだ。
彼女は「日が出ないうちに起きるのは、目に朝日の栄養が入らない」と、教祖に伝える。
早起きに大切なのは、起きることそのものではなく、「太陽の光を浴びること」だと。
日照時間の短い冬場は、特に気をつけなければならない。
教祖は東洋の教えを賜り、以後は過度な早起きをやめさせ、日が昇る頃に起きるという習慣を守った。
この教えは、今も守られている。
後に、ミフネ・コージは聖女の土地に住まい、自らも聖女を指導する側になったという。
ミレイアは朝型人間だが、日が昇るまでは基本的に起きない。聖女の教えがあるからだ。
「そうだったのか。聖女は実に、合理的な生き方をしているのだね?」
「又聞きの又聞きですが」
あくまでも、他人から聞いた話だとごまかす。
「剣術の修行は大事です。ですがワタクシ、男爵様には心労を抱えなさらないでいただきたく」
「わかったよ、ミレイア。起きる時間はほどほどにするよ。日課の時間も調節する」
男爵は、剣をサヤへしまう。
「こんなワタクシめの意見を聞き入れてくださって、ありがとうございます」
「いや助かったよ。あやうく遊んだ感情にとらわれるところだった」
「では、お食事の支度を」
屋敷に戻ろうとすると、クーゴンがミレイアに告げる。
「もうできあがっているんだが?」
急いで、ミレイアはキッチンへ。なんたる失態だ。
あれだけデカイ口を叩いておきながら、お世話一つできぬとは。
「あなた様が新人でヤンスね?」
「ひっ!」
メガネを掛けたヒョロヒョロの男性が、猫背の状態を維持して食事の支度をしている。
「あっしは、あなた様が来るまで身の回りのお世話をしておりました、お付きの【ピィ】でヤンス」
ピィが「イヒヒ」と引き笑いをしながら、頭を何度も下げた。
「そうでしたの、申し訳ありません。支度もせずに」
「構わねえでヤンスよ。ミレイア殿。今日からお屋敷に女っ気が満ちるってんで、張り切っちまっただけでヤンスから」
またしても、「イヒヒ」とピィは笑う。
「あなたには、愛嬌は振りまきませんわよ、ピィ、さん」
「クーゴンのように、呼び捨てで結構でヤンス、ミレイア嬢。あっしが勝手にハッスルするだけでヤンスからね。ささ。お立ちになってないで座るでヤンス。さてさて、旦那も。イヒヒ」
せわしなく動き、ピィは椅子を引く。
男爵とクーゴンは座る。が、同じ使用人であるミレイアは着席しない。
「キミも座ったらどうだ、ミレイア」
「さすがに、朝食までいただくわけには」
遠慮するミレイアを、ピィは強引に座らせた。
「お手伝いしますわ。ピィ」
「いいんでヤンス。今は、食べることもお仕事でヤンス。ささ、召し上がるでヤンス」
言いながら、ピィまで席につく。
ならばと、ミレイアは恵みを天に祈った。
「この屋敷では、手を合わせるだけでいいよ」
男爵から、指摘を受ける。
たしか、昨日もそうだった。男爵は手を合わせただけだった気が。
山盛りの千切りキャベツに、ベーコンエッグは慣れたものだ。実にわかりやすい味である。
変わった香りのオニオンスープ? らしきものには、白く四角い物質が浮かぶ。口にしてみるが、寒天ではない。
「大豆で作った、お豆腐というものでヤンス。後で、作り方を教えるでヤンス。覚えるデヤンスよ」
「はい。いただきますわ」
穀類は白米だ。メインは魚のソテーであるが、これは何だ? 随分と長細いが。
「サンマでヤンス。塩で焼いただけでヤンスけどね」
たしかに、ソースなど何もかかっていない。薄味がお好きなのだろうか。
「ピィ、しょうゆ油を取ってくれないか?」
「へいでヤンス」
向かいの席から、ピィがしょう油の瓶を渡す。
しょう油なら、ミレイアもわかる。
受け取ったしょう油を、男爵はサンマの塩焼きにかける。そうやって食べるのか。
マネをしてみると、パサパサな感じが減少して味わいも深くなった。
「ごちそうさま。ゴキゲンな朝飯だったね、ピィ」
「イヒヒ。お褒めにあずかり、光栄でヤンス。トゥーリの旦那」
ペコペコと、小市民じみた会釈を何度もする。
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