ツンデレ

 赤のネグリジェを着て、ベッドに入る。


 本当に何もしないでいいのか、とクーゴンに確認をとった。

 クーゴンからすると、今から屋敷の全体を案内するとなると明け方になるからいいとのこと。

 ならば、お言葉に甘えて早めの就寝を。と、洒落込んだのだ。


 愛用のメガネを小物入れの上に置き、ベッドに身体を沈める。

 うつ伏せになって、枕に顔をうずめた。

 大きく息を吸い込む。


「クンカクンカ。男爵様の匂い……は、いたしませんわね」


 客人用のベッドらしく、フトンもマクラも香りは真新しかった。


「はーあ。これで一段落しましたわ」 


 このまま夢の中へ入り込んでしまいたい。が、どうしても聞きたいことがあった。


太き者オバサン。ワタクシの目に狂いはありませんでしたわ。あなたを連れていけば、きっと何かが起きると」


 ミレイアは、左手薬指に収まった「魔女の指輪」に語りかける。


『なんやと?』

 ミレイアの言葉を聞いて、魔女が過剰反応した。


 案の定である。




「あなたなのでしょう? 男爵様の想い人って」



 真剣な顔になって、ミレイアは問いただす。


 魔女が体内に入り込んだ際、ミレイアは見てしまったのだ。魔女の結末を。


「若き頃のあなたは、勇者とパーティを組んでいたのでしょう?」


『せやで。あんたの言うとおりや』


 魔王の攻撃から男爵を守るため、自らの命を犠牲にした。

 その起死回生の働きが、勇者に魔王討伐のチャンスを与えたのである。


 哀れに思った男爵は、彼女の墓を作った。

 お金大好きだった彼女のために、宝物庫の隅にポツンと置いて。

 本当は、側に置いておきたかっただろうに。


「あの写真立ての女性。あなたですわよね?」


 写っていた女性がはめている指輪と、魔女の指輪は、形状が酷似している。頭にくるほど。


『どえらい観察力やな』


 呆れたように、魔女はつぶやく。


「ですから、あなたを連れて帰れば、何かしらの反応を見せると思ったのです」

『策士やな、あんたは? 拒絶されることは考えへんかったんか?』

「あなたを連れてきた事実こそ、重要だったので」


 指輪をしているということは、魔女がミレイアを認めたと同意だ。ならば、無碍に扱うことはないだろう。


『計算高い女やなぁ。あんたの下心には、ホンマに参るで』

 魔女すら呆れさせる、見事な作戦だ。


「偉大なる魔女のお褒めに預かり、光栄ですわ」


『アホ。褒めてへんわ。ウソばっかりつきおってからに』

 意外なセリフを、魔女はミレイアに投げかける。


「何一つ、ウソなんて申しておりませんが」


『頭からケツまで、ウソで塗り固めとるやんけ』


 バカな。何も間違っていない。自分は魔女を利用した。


「男爵のハートを射止めるためなら、たとえ悪魔か魔女と手を組むことになろうとも、悲願を達成いたしますわ!」

 胸に手を当てて、ミレイアは見得を切る。


『なんでやねん。嫌われるかもしれんねんで?』


 確かに、ネガティブな思い出の詰まった指輪なんて持ち帰れば、拒絶される可能性が高い。


 それを補って余りある自信が、ミレイアにはあった。


「すべては計算のウチですわ」

『もうええねんて。そんなリスクを背負って、あんたが我を連れてきたんは、我を思ってやろ?』


 ミレイアは、目を見開いた。

 カゼを引いているわけでもないのに、頬が熱くなる。


「ず……随分なナルシストぶりですね。その自意識過剰を、もっと別の分野に活かせば、もっと長生きできたのでは?」


『虚勢を張らんでもええって。わかっとるんやで。我がかわいそうやったから連れてきた。その優しさに惚れ込んで、トゥーリはあんたを受け入れたんやから』


 達観したような物言いが、憎たらしい。


「そ、そんな、こと」

 自分を抱きしめるように、ミレイアは指を手で覆い隠す。魔女に、今の顔を見られたくないから。


『おおきに、ミレイア。我のこと、大事にしてや』

「ば、バカをおっしゃい! 死ぬまでこき使ってやりますわ!」

『はいはい。おやすみな』


「お待ちを。まだ聞きたいことがございます!」

 眠い目をこすりながら、ミレイアは尋ねる。


『あんたとのパジャマパーティもここまでや。我は寝る』 

「ある意味、もっとも重要な事柄ですわ。お答えになって」

『へいへい』



「まだ、男爵のことを思ってらっしゃるの? 恋人同士だったのでしょう?」



 あのような埋葬のされ方をしていたとはいえ、それは魔女が望んだこと。

 勇者だって不本意だったに違いない。

 本当は、愛している人にあんな扱いはしたくないはずだ。


 魔女の返答は、数秒を要した。 

『あんたの想像通り、我は勇者と組んでいた。せやけど、恋人かって言われたら、わからん。仲間やとは思っていたけど、異性として意識されてたかは微妙かな』

「でも、お好きだったでしょう?」

『別に、キライではないかな』


 歯切れの悪い解答が返ってくる。


「それを世間では、好きというのです。ツンデレさんですね」

『あんたと一緒にすな』


 この発言は、聞き捨てならない。


「ご冗談を! ワタクシのどこがツンデレなのです⁉」

『頭から、つま先まで全部や! あんたはツンデレの申し子やないか!』

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