ミレイアのベッド、空いてますわよ?
「お待たせいたしました」
ミレイアは再び、男爵との面会を許される。
時刻は夕方だ。
「あの宝物庫は封鎖した。もう二度と使われることはない」
「それは、この指輪に財産のすべてが収まったからでしょうか」
「うむ。その代わり、オマエが管理しろ。金は好きに使って構わん。今後の資金だ。取っておけ」
いらないと言っても、男爵は受け取らないだろう。
男爵の性格もある。
だが、あの宝の山とは比較にならないほどの私財を、男爵なら持っているに違いない。
「では、それを手切れ金としまして、ワタクシ、おいとまいたします」
ミレイアの決意を聞き、男爵の顔色が変わった。
「出ていかれるのですか?」
「はい。ワタクシは、魔女の封印を破ってしまいました」
使ってみて分かったが、恐ろしく危険な代物だ。
今後、男爵にどのような災厄を招くかわからない。
距離をおいてしまったほうがいいだろう。
ミレイアの精神を乗っ取られる可能性だってあるのだ。
「ご迷惑にならないうちに、この地を離れようかと」
断腸の思いで、言葉を続ける。
男爵と会話できたという思い出だけを、今後は大切にしよう。
「短い間でしたが、お世話になりました」
頭を下げると、涙がこぼれそうになる。
だから、笑ってあいさつをした。
「残念です。せっかく正式にメイドとして働いていただこうと思いましたのに」
「ほえ?」
突然の報告に、呆気にとられる。
「あなたに湯を貸したのは、クーゴンと会話したかったからです。あなたが、クーゴンと肩を並べ、私の世話を任せられるかどうか」
隣で、クーゴンがうなずく。「合格だ」
「クーゴンは、あなたを認めたのです。もちろん、私も」
「宝物庫での働きぶりを見れば、採用せざるを得ぬ。あれだけの大型魔族を手玉に取ったんだからな。それに」
ヘタに今のミレイアを世に放つのは、余計に、街に危害が及ぶと、クーゴンは判断したのだ。
ミレイアは現在、魔女にとらわれている。
魔女は、自身を封印した魔王に従いなどはしないだろう。
だが、勇者の力に関心を持つ可能性はある。
ここは、男爵の側に置いて、危険と見なせば討つ、とした。
「では、ワタクシはここに住まわせていただいても?」
「二階にお部屋が開いております。お好きに使いなさい」
「ありがとうございます、男爵! 大好きです!」
姿勢を正し、ミレイアは腰を折る。
「では、お食事をお作りいたします!」
「そうですね。お願いしましょう」
振り返ろうとしたミレイアは、再び男爵に向き直る。
「あの、それで男爵様。ひとつ、お願いが」
「どうぞ」
「もう、ワタクシに敬語は必要ございませんので。呼び捨てでお呼びくださいませ」
「よろしいのですか?」
そんなことでいいのか、という表情で、男爵は聞き返す。
「はい。クーゴンと同じように、普通のお言葉でお願いしますわ」
メイドなのだ。かしこまられても困る。
いくら自分が公爵令嬢で、男爵より地位が高かろうとも。
知らないとはいえ、よそよそしく扱われているようで悲しい。
「分かったよ。よろしくね、ミレイア」
ミレイアがそう説得すると、男爵は聞き入れてくれた。
「アゴで使う感じですと、ワタクシはハッスルします」
「じゃあ、偉そうには振る舞わないようにするね」
「雌豚とお呼びください。夢の中で達せそうです」
「豚肉は好きだ。今夜はトンテキをお願いしようかな」
「かしこまり!」
あまりのかわしっぷりに、ヤケになってミレイアはキッチンへ。
格式張った料理より、庶民的な味を好む。
やはり元冒険者という経歴からだろうか。
「見張っておきましょうか? 毒か媚薬でも入れるつもりなんじゃ」
「失礼なゴリラですこと。愛情という名のスパイスさえあれば、媚薬なんぞに頼らなくても男爵様はイチコロですわ」
ウキウキで料理を始め、シンプルな飾り付けまで終える。トンテキなので、あっという間だ。
「お召し上がりください」
二人分の食事を、テーブルに並べた。
「オレの分もあるんだな?」
「味見用です。念のため」
決して、受け入れてくれた感謝からではない。断じて。
「いただきます。ミレイア」
肉の香りを嗅いで、男爵はミレイアの顔を凝視した。
「ミレイア、これはまさか?」
「ご心配なく。どうぞ」
驚く男爵に向けて、ミレイアは食べるように催促する。
フォークで豚肉を口へと運ぶ。
「やっぱりだ。これは、ショウガだね?」
「はい。豚肉をショウガで焼きました」
東洋出身の使用人から、東洋人の殿方が好きそうなメニューは、一通り学んできた。
「この料理、どこで習ったんだい?」
「え、っとぉ。冒険者の方から、作り方を教わりました。おサムライだそうで」
どもりながらも、なんとかごまかす。
「懐かしい。この世界に来て、豚のショウガ焼きと出会えるなんて。ガキの頃は当たり前に出過ぎて、珍しくなんてなかったのに」
故郷を思っているのか、男爵がつぶやいた。
「ありがとう、ミレイア。ごちそうさまでした」
空になった皿に、男爵は両手を合わせる。
クーゴンも同じようにした。
「キミの作る料理を、これから毎日食べられるんだね」
穏やかな声で、男爵から言葉を投げかけられる。
それだけで、ミレイアは天にも昇る気持ちになった。
「本格的な仕事は、明日からお願いしますね」
「はい、男爵様!」
今日からは、大好きな男爵と同じ屋根の下で暮らせるのだ。
興奮して、きっと眠れないだろう。
「毎夜、寝室の鍵を開けておきますので! このミレイアのベッド、いつでも空いておりますわよ?」
「きちんと戸締まりをして寝てくださいね」
スルースキルも大好きだ。
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