太き者《オバサン》

「この豚はどうすれば?」


 ミレイアの足元で、オークが恍惚の表情で横たわっていた。

 自分が痴態を晒したことなど、お構いなしに。


『勝手に消滅するで』


 オークの足元に影が広がり、オークは闇の中にドロリと解けていった。


『魔物たちの故郷である、魔界に強制送還されたのさ』


 今まさに、魔物たちから

「だっせwww」

「喘ぎ声やべえwww」

 とか罵りを受けている頃だろう、とのこと。



「一生、トラウマになるのではなくて?」

『どうやろなぁ? 奴らの業界じゃご褒美やから』

「魔物は見られたがり、ってことですわね?」



 ある意味この映像通信装置こそ、魔物にとって最も凶悪な武器かもしれない。 



『これで、この地は安全だよ』

 

 仕上げとして、この宝物庫にあるアイテムを全て回収する。


 ムチが何股にも別れて、アイテムや金貨を飲み込んでいく。


「男爵様の私物をこんな乱雑に!」

『ええねんええねん。どうせこの場所は敵にバレた。ここにお宝は置いとかれへん。転送陣ごと破壊する算段や』


 クーゴン辺りが、この宝物庫を破壊するだろうという。


 すべてのアイテムを回収し切り、残るは金ピカの玉座のみ。

『こいつは潰して金に変えるか』


 魔女に指示されて、ミレイアは玉座をムチで粉々に破壊して金塊に変える。


『よっしゃ。準備完了や。ほな、我は寝るで』


 変身が解けて、衣装が元通りになった。

 ムチは、指輪へと変形する。


「指輪になったら、それっきり二度と戻らないというオチでは、ないのですわね?」

『任意で呼び出せるで』


 今後は、正体を隠して行動したい時に、力を貸してくれるらしい。


「ねえ、太き者オバサン

『誰がオバサンやねん!」

「だって、太陽より貴き者OVER THE SUNでしょ? 略して太き者オバサン

『なんで一回聞いただけで、そんな蔑称出てくるねん! ボキャ貧か⁉』


 問答なんてしている場合ではない。


「随分と強くなったけど、あんたの力なのです?」

『正確には、あんたの力を引き出したった』

「へえ」

『あんた、聖女やろ? せやのに、やったら弱体化させられとったで』


 言われてみれば、小型の魔物を倒した程度で、修行を無理やりやめさせられた。

 格闘と、魔力の練度を高める特訓は、欠かさなかったが。


「どうして、両親はワタクシを鍛え抜かなかったのでしょう?」

『親では手がつけられへんくなるからやろ?』


 それだけ、ミレイアの潜在能力は凄まじかった、ということだろう。


「ですが、神経系統があなたと融合しています。あなたの力も加わって」

『我は武装を与えて、攻撃力と守備力を底上げしただけやで。専用の魔法もあげたけど。あとは全部あんたの力や』


 にわかには信じがたい。


「他になにか、制約は?」

『魔力石で力を増幅した敵は、率先して倒して欲しいねん』


 最強の力を失った魔女は、力を取り戻すために魔王の力を逆に利用しようと企んでいる。


「それは構いませんよ。ただし、もしも男爵様を苦しめるようなことがあれば」


『分かってまんがな。我を封印したんは勇者やなくて魔王や。むしろ勇者は、我の封印を破って目覚めさせようとしとった』


 しかし、性別が違うというだけで、成功しなかった。


『あんたみたいな、魔力の高い聖女を待っとったんやで』

「不本意ですが、助かりました。わたくしに危害を加える気もないようですし」


『宿主をエエようにいたぶるんは、二流や。一流はな、うまいこと共存するもんやで』


 寄生者なりに、気を使ってくれるようだが。

 寿命を与えたから、気を良くしているのか。



「ミレイア、無事か?」

 ゴリラが戻ってきた。


「今まで、どこにいらしたの?」


「別エリアにも、オークロードが出た。始末していたんだ」

 クーゴンは、脇に魔力石を抱えている。向こうは三つ持っていた。


「泥だらけじゃない」

「オマエさんもな」


 帰ったら、男爵に湯を借りよう。


「ちょっと待て、ミレイア!」

 突然、ミレイアの手首をクーゴンが掴む。


「痛いっ。離しなさい!」

 クーゴンの腕を、ミレイアは引き剥がそうとした。


 しかし、クーゴンは離さない。サングラス越しからでもわかるほどの鋭い視線を、ミレイアの手に向けている。


「オマエ……」

 ミレイアの指を見て、クーゴンがうろたえた。


「まさか、あの魔女を復活させたのか? 自称・太陽より貴き者を?」

「ええ。出てらっしゃい」

 指輪に話しかけて、ミレイアは魔女を呼び出そうとする。

 しかし、うんともすんとも言わない。

「これは、本格的に男爵様から遠ざからなければいけない案件で?」

 想定外だった。男爵に手を出さないと言っていたが、口でならなんとでも言える。もし、クーゴンがミレイアを出禁しようなら、今度こそ戦闘になりかねない。


「いや。オマエを連れて行く。とにかく戻るぞ」

「お湯は先に頂いても?」

「勝手にしろ。浴室は元より男女別だからな」


 転送陣によって、急いで男爵の屋敷へと戻った。


 シャワーを浴びて、戦闘の泥を落とす。

 匂いを確認、ヨシ!

 替えの下着にチェンジして、メイド衣装も、露出を抑えたものへ変更する。


 男爵の趣味が合わない時用の予備だったのだが、持ってきておいてよかった。

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