分からせてやるか

 先程クーゴンが視線を向けた先には、ダンジョンがある。

 勇者トゥーリが過去に封じた危険なアイテムの数々が、厳重に保管されているらしい。


 通称【宝物庫】と呼ばれているが、中身は毒々しい品々で埋め尽くされているとか。


 この屋敷に収められている正式な「宝」をカモフラージュするためだろう。


「魔物が現れた。どうやら、宝物庫のアイテムを狙ってのことだろう」


 ゴーレムを配置していたが、ことごとく倒されたらしい。


「ワタクシが向かいますわ」

 トランクから、盗賊捕縛用のロープと折りたたみ式のモップを取り出す。


「そんなナマクラで勝てる相手じゃない!」

 ミレイアの肩を掴んで、クーゴンが止めに入った。


「やってみなければ分かりません。急ぎますわ」

 クーゴンの手を払い、ミレイアは男爵に向き直る。


「あなたの思い出の品は、このミレイアがお守り致します」


「捨て置きなさい。あれは、私にとっても取るに足らぬ代物。わざわざあなたが出向かなくても」


「魔族にとっては呪いのアイテムすら貴重品です。それを使って市民を苦しめる。そんなこと、あなたでも望まないはず」


 ミレイアの気迫に押されてか、トゥーリ男爵は引き下がった。


「クーゴンさん、これを試練とさせてください。もし、わたくし一人でこの任務をこなせましたら、正式採用を」

 クーゴンの助けが必要な相手を倒すのだ。ならば、自分が採用されても文句は言えないはず。


「あなたは男爵様のお屋敷を見守っていてください。あなたのお手は煩わせませんわ」


 決して引き下がらないミレイアに、クーゴンは舌打ちをする。

「勝手にしろ。ただし、死にそうになっても助けてやらん」


「誰に向かって口を聞いてらっしゃるの?」

 ミレイアに、いつもの調子が戻った。


 必ず依頼を達成し、採用の許しをもらってやる。


「案内する。来い」


 ミレイアは、クーゴンの後ろをついていった。


 だが、たどり着いたのは屋敷の地下室である。


「ちょっと、ここは地下でしょ? 宝物庫はもっと向こうで」


 てっきり、監禁されてしまうのではと思った。

 このゴリラならやりかねない。

 男爵の趣味なら、ぎりぎり許せるが。

 

「こっちから向かったほうが近い」


 たしかに、宝物庫へは走っても数日、馬車でも二日はかかる。


 だからといって、地下に何があるというのか?


「どういうことですの?」

「こういうことだ」


 地下に、魔法陣が描かれていた。


「転送陣だ。ここから宝物庫まで飛べる」

「どうですか……って、それってまずいんじゃ」

「察したな。そういうわけだ」


 敵の狙いは、宝ではない。転送装置なのだ。

 転送装置を発見できれば、この地まで一足飛びでワープできる。

 魔法陣の場所は、絶対に知られてはいけない。


「敵は大した数じゃないらしい。オレたちで食い止めるぞ」


「ワタクシだけでも十分ですのに」

 ミレイアはため息をつく。


「オレは、監督役だ。オマエの成果を見届けねばならん。勝てたと言っても苦戦するようなら、即不採用だから覚悟しておけ」


「せいぜいワタクシの華麗な働きっぷりに舌を巻くとよろしくて」


「言ってろ。転送陣の中に立て」


 クーゴンに急かされ、ミレイアは魔法陣の中に。


「このまま拘束する気じゃないでしょうね? 転送するなんてウソで」


「そんなウソを付くくらいなら、とっくに食い殺している。オマエなんて来なかったことにしてな」


 ある程度は、期待されていると思っていい様子だ。


 クーゴンもろとも、陣の中央へ。


「少し揺れるぞ」

「お尻を触らないでくださいまし」

「列車の中じゃねえんだ。そこまでするか」



 軽口の叩き合いをしているうちに、転送が完了する。


「真っ暗ですわ」


 何も見えない。視界には、暗闇が広がるのみ。


 やはり、幽閉されたのでは?


 だが、クーゴンは同行している。

 一緒に閉じ込められたわけでもなさそうだ。


「敵に知られないように、陣の場所を隠しているのだ」


 クーゴンは、その辺の岩を引き戸のように動かした。


 音もなく、岩はひとりでに作動する。


 視界が、黄金色に広まっていった。

 

 金ピカの玉座の真後ろに、ミレイアは顔を出す。


「先に行ってろ」と、クーゴンはミレイアを押し出して、再び岩を動かして閉じた。


「ヒャッハーッ!」


 宝物庫と呼ばれる洞窟の奥で、まるまると太った巨人が暴れていた。顔はイノシシで、三メートルはあるだろうか。


 取り巻きもイノシシ顔の巨漢である。


「オークの群れ?」

「殺れそうか?」

「まあ、なんとかなりそうですわ」


「オークロードだな。想像以上に危険な化け物だぜ」

 クーゴンが、敵を分析した。


 オークロードの周りには、鉄製ゴーレムの部品が散乱している。鉄人形すら意に介さないとは。相手にとって不足はない。


「上等ですわ。わたくしの入社試験にふさわしい相手と言いましょうか」

 オークロードを見ながら、ミレイアは鼻を鳴らす。


「さてさて、お目当てのお宝はーっと、ああ?」

「そこまでですわ。悪党」


 モップを武器代わりに持って、ミレイアは現れる。

 思っていたよりデカい化け物を相手に、若干引く。

 しかし、男爵が大事にしているお宝を荒らす不届き者だ。

 許すわけにはいかねえ。


「その汚い手で、男爵様の宝に触らないでくださいまし。カビが生えますわ」

「なんだ、小娘? 餌になりたいならヌードになりな」


 魔族は意に介さない。ミレイアを敵として認識していなかった。


 分からせてやるか。

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