ブーメランを魔物の顔面にシューッ!

「こっち向きなさいよ豚ども!」

 モップを投げ槍のように投擲した。


 木製の槍と化したモップが、オークの一体を貫く。オーク一体は絶命したようだ。


 木製モップは一撃食らわせただけで、無残にも砕けてしまう。


「仲間がやられた!」

「ちくしょう、兄弟の仇!」

「女だろうが、どエラく強いぜ。ぶっ殺せ!」


 オークたちが、ミレイアを取り囲もうとした。


「何か、何か武器はないのですか?」


 足元に、大量のアイテムが転がっている。


 ミレイアはしゃがみ込み、適当に宝を物色した。

「これはいい感じですわ。少々お借りいたしますわ」

 宝の中から、ミレイアはブーメランを選択する。


「ブーメランを魔物の顔面にシューッ!」

 渾身の力を込めて、魔族にブーメランを投げつけた。


 オークたちの首を、ブーメランがハネ飛ばす。


 ザコは一掃できたようだ。

 

「残るは、あなただけですわ、豚」


 唯一残ったオークロードという豚親玉に、ミレイアはタンカを切った。


「挑発するな! 何か様子がおかしい!」

「頭がオカシイのは分かりますわ!」

「違う! オークの割に瘴気が強すぎる!」


 クーゴンが警戒する通り、ミレイアの頭もアラームが鳴りっぱなしなのだ。


 これがオークだと? だいたい人間サイズで、さほど危険な相手ではない。

 オークが女騎士を手篭めにする展開など、絵物語の世界それなんてラノベでしかありえない。



「俺様の邪魔をするなら、てめえから食っちまうぜ」

 うっとうしそうに言葉を吐き、魔族がこちらを向く。のっしのっしと、ミレイアの方へ寄ってくるではないか。


 異様な悪臭が、漂ってくる。

 これは、血の匂いだ。

 体中から、人間の血を浴びているではないか。



「ブーメランをシューッ!」

 半狂乱になったミレイアは、ブーメランを投げつけた。


 コン、という小気味良い音が鳴る。ブーメランは魔物の額に当たった。


 それだけで、ブーメランは砕けてしまう。



 これまでなのか?

 こんな暗い洞窟で魔物と二人きり、何も起きないはずもなく!


 男爵と契りを交わさずに死ぬなんて。


 ミレイアは後ずさる。

 決して怖いからではない。あまりにも敵が臭いからだ。


 自分の行いに後悔はしていない。

 だが、一太刀も浴びせられずに死んでいくことに、言いようもない屈辱を感じていた。

 聖女としてのトレーニングとは何だったのか。


 ちくしょう、一五歳から先は、花嫁修業しかしてねえ!


 側仕えの老執事から紅茶の入れ方を盗み見てはマネて、召使いの少女から料理のレシピを聞いては実験した。青春はほとんど料理と修行に明け暮れていたっけ。


 もっと魔物退治の特訓をしておくべきだったと、ミレイアは後悔した。



 嘔吐しそうなほどの悪臭が、目と鼻の先にまで達しようとした次の瞬間、ミレイアは後ろに倒れた。

 なにかに足を引っ掛けたのである。


 ヘビのようなムチであった。


「もう、邪魔な!」


 投げ捨てようとした瞬間、持ち手にある宝玉が、こっちを向く。

 黄金の目玉を思わせる宝玉が、ムチと持ち手の間に埋め込まれていた。

 そのヘビのような眼差しが、ミレイアを射抜く。



『我と契約せよ。さすれば、この魔女の力を得られようぞ』



 悠長に、ムチが語りかけてきた。


 こっちは急いでいるというのに。


 だが、魔物の動きが異常に鈍い。


 人は死ぬ間際、何もかもスローモーションに映るという。

 


 今がその時なのか?


『オマエの心に、超高速で語りかけている。脳へ直接信号を送っているようなものさ』


 魔女の力で、時間間隔が変化しているらしい。


 よく見ると、クーゴンがミレイアに何かを呼びかけている。

 だが、背後に何らかの気配を感じて奥へと向かっていった。


 その一部始終が、すべてスローモーションで繰り広げられる。


「あなたは何者です? 魔女と名乗っていましたが?」


『我が名は、この呪われた武具に閉じ込められし魔女。人呼んで、太陽よりも貴き者OVER THE SUNなり』


「本当に、手を貸してくださるの?」


『魔女に二言はない』

 しわがれた声で、魔女はヒヒヒと笑う。


「でもお高いんでしょう?」

『まあ、寿命をいただくことになるね』


「あらそう、では遠慮なく使わせていただきますわね」

 二つ返事で、ミレイアは自身の寿命を差し出す。


『ちょっと待てや。普通ためらわへんの? そういうムーブって大事やと思うねん』


「どうせ、男爵様は老い先短いお命。ならば、一緒に死ねるくらいの寿命ぐらい差し上げますわ」


 躊躇したのは、魔女の方だった。

 寿命を食ってしまっていいものか、考え込んでいるらしい。


「早くなさって。急いでますのよ」

『マジやん、このアマ。後悔すんなや!』

「元より後悔だらけですわ。今更何を悔やむやら」


 一度、自分は憧れの男爵に拒絶されたのだ。

 ならば、この命をかけてお守りするのみ。

 自分の幸せはどうでもいい。

 男爵様さえ無事であれば。


『捨て身の覚悟、しかと聞き届けた! 魔女の軌跡の再来を見よ!』


 ムチに付いた宝玉が光り輝いた。宝玉の隙間から紫色の触手が飛び出す。


「ひいい!」


 触手はミレイアの全身を包み、細胞レベルで融合する。




 激しい痛みはあったものの、一瞬だった。

 あとから来たのは、極上の恍惚感である。

 何でもできそうな万能感が、ミレイアの脳を支配した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る