お断りします
「男爵様の熱いセップンと健康な子種さえいただければ、身を粉にして働かせていただきますわよ」
「だから、それがヤバイんだって」
「なんなら、あなたを倒して後釜に就いても構いませんのよ」
ピクリ、とクーゴンの動きが止まった。
「どうやら、力ずくでもお帰り願ったほうがよさそうだな」
「始めから、そうなさればよろしくて」
このクーゴンの実力が、どれほどのものかはわからない。
だが、どうせ彼を倒さぬ限り、前には進めないのだ。
やるしかない。
「表へ出るか?」
「ですわね。男爵を起こすわけに||」
二人が問答をしていると……。
「私から話そう」
さっきまで眠っていたトゥーリ男爵が、ミレイアの眼前に。
「だ、男爵様」
ミレイアの目にハートが浮かぶ。
今まで閉じていた黒い瞳が、ミレイアを見つめている。それだけで、ミレイアは達しそうになった。
「トゥーリ様。起きられてはお体に障ります」
「よい。お客様がお見えになっているのだ。ごあいさつをさせてくれ」
駆け寄ろうとしたクーゴンを、男爵は言葉だけで制する。
だが、「お客様」という言葉に、ミレイアは言い知れぬ壁を感じた。
「ごあいさつが遅れましたな、レディ。よく、ここが分かりましたな」
どうやら、トゥーリ男爵はこちらの会話を聞いていなかったらしい。
「元冒険者でしたので、認識阻害魔法も何のその」
本当は、冒険者になって間がなかった。
冒険者なのは事実だから、嘘はついていない。
「ヴェスタ村に住む、ミレイアと申します。歳は二一で、スリーサイズは、上から八八、六〇、八九です。伝説の男装剣豪、コージ・ミフネと同じなのが自慢です」
「お手紙の主はあなたでしたか。どうもありがとう」
さすがのジェントルメンである。華麗に、ミレイアのシモネタをスルーするとは。
「もったいなきお言葉です、トゥーリ・コイヴマキ男爵。トウリ様と、お呼びしたほうがよろしいでしょうか?」
トゥーリ・コイヴマキは、本名を
「
というそうな。
東洋の生まれだとか、別の星から来たとか。とにかく、顔や出で立ちが幼少期から常人離れしていた。
この大陸を治める国王が、桃李の引退時に帰化させたのだ。
近隣国との無用なトラブルを避けるために。
今でも現役で刀を振り回せるのでは、と思わせられる。
「トゥーリと呼んでください、レディ・ミレイア」
「ではトゥーリ様、わたくし只今より、お風呂をお借り致します。旅の汚れを落とし、キレイな身体で夜伽を」
「ではミレイアさん。なにゆえ私めの世話をなさろうと?」
「お慕いしているからですわ。幼き頃、あなたに命を助けて頂いてから」
真実を交えつつ、ミレイアはウソをつく。
クーゴンが真相をバラすリスクもある。だが、ここだけは切り抜けたい。せっかく面会がかなったのだから。
「存じ上げませんな。面目ない」
仕方なかった。
これまで、この老勇者は数多の民衆を救ったのだ。
助けた者の顔など、いちいち覚えていまい。
「トゥーリ様、本日は、こちらで働かせていただきたくて参りました。どうか」
「お引取りください」
静かに、しかし重い声が、ミレイアの耳に届く。
「ワタクシはこう見えても冒険者ですわ。腕前なら今にもお見せして」
「この地は、一見穏やかに見えますが、魔物の土地と近い。王はもっと安全な地を提供してくださいましたが、私がここでいいと告げたのです。いざとなれば、すぐにでも魔と相対せるように」
この老紳士は、まだ戦う気でいるのだ。
たとえ手が細くなろうと、重い刀や鎧を装備できまいと。
だったら、なおさら手伝いたい。手伝わねば。
「せめて、身の回りのお世話だけでも」
「お断りします」
男爵の意思は固い。
「このクーゴンがおります。それに、複数の配下も。ですから、不自由はございませんよ」
「では、妻に……とはいきませんわね」
ミレイアは、暖炉の上にある写真立てに目を移す。
世間でも並ぶものなしと呼ばれたミレイアが尻込みするほど、凛とした女性が写真で微笑んでいた。
彼女が、男爵の想い人なのだろう。だが、この屋敷に女性の気配はない。きっと他に嫁いだか、あるいは……。
愛人にしてくれ、という言葉を飲み込む。それは、男爵の誠意を踏みにじりかねなかった。なにより、今語るべきではない。さすがに空気は読んだ。
「雑用でも何でも致します!」
「私は過去に、大切な方を戦闘で失いました。どうして彼女のような人類の光が死んで、私が生きているのか」
悲しい光が、男爵の瞳に映る。
「あなたを、危険な目に遭わせたくないのです」
男爵様に頭を下げさせてしまった。
その事実が、ミレイアの心をへし折る。
これ以上は、何を言ってもムダだろう。
「分かりました。では」
憔悴した面持ちで、ミレイアはトランクを手に取った。
次の瞬間、クーゴンが視線を虚空に移し、何度もうなずく。
「何? 分かった」
何やら、納得したような面持ちで、クーゴンは男爵に断りを入れている。
「どうなさいまして?」
「オマエには関係ない」
「宝物庫でトラブルでもあったのでしょう?」
立ち止まったクーゴンの瞳に、疑惑の目が浮かぶ。
「どうして、それを?」
「やはり、訳ありですのね」
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